雨の夜、母から電話がきた。

「アンタ明日、タカラヅカ行くんでしょ? ひとり?」

 行くけど、友だちと一緒だよ。

「ソレ、アタシも一緒に行っていい?」

 はい〜?

「明日、雨で山が中止になっちゃったのよー!」

 山女の母は、毎週どこかの山に登っている。それが天候不良で中止になった。
 そのために、予定が空いてしまったらしい。
 ぐだぐだと、ついさきほど母の家で聞いたはずの「お母様のご予定(雨天中止)」を一から全部聞かされる。

 なにしろ母は「宇宙でもっとも忙しい人」なので、「予定がない」ことに絶えられない。1秒たりとも無駄にせず走り回らなければならない人なのだ。「忙しい」「時間がない」が口癖で、忙しくしている自分が好きでしょうがないらしい。

 まあ、来たいなら来てもいいけど。どーせチケットは余ってるだろうから、行けば買えるんじゃない?

「チケット、ないの?」

 早く言ってくれたら、用意できたのに。てゆーか、余ったチケット、値引きして売っぱらっちゃったよ。人気ないから、定価では売れなくて。

「仕方ないじゃない、山が中止になるかどうかは前日の夜までわからないんだから」

 またしても「お母様のご予定(雨天中止)」を一から全部聞かされる。ウチのママには「スキップ」機能がない。喋り出したら「全部」喋り終わるまで、途中で返事をしてもダメなのだ。もう聞いた話、聞かなくてもわかる話を遮って次の段階へ進めることができない。
 友会の抽選入力でさえ、解説をスキップして必要な入力ができるのになー。

「じゃあチケットは確実にあるわけじゃないのね。それに、ツレがいるのね」

 うん、明日観るのはバウだからねえ。

「なにソレ」

 タカラヅカには劇場がふたつあるのよ。明日わたしが観るのは、小さい方の劇場。

 まあ、バウのチケットがなかったら、大劇でも観てなよ。……あっ、大劇は1時からだから、バウがダメなら観られるわけじゃないわ。
 どうしようかね?

 そう。
 わたしが観に行くのは、バウホールだ。
 お楽しみのさららんバウだ。
 あの小さな劇場に、ウチの母?
 ママ、バウホールデビュー?

 ウチのママは、タカラヅカを理解できる感性など持ち合わせておりません。

 「観たい」って言うから連れて行っても、大抵爆睡してるし。
 15分しか集中できないから、NHKの朝ドラ以外は見られないし。

 そんな人を、バウホールへ?

 ……………ぶるぶる。

 どうしたもんかと考えていると。

「……じゃあ、やめとくわ。アタシがいたら友だちに悪いし」

 なにしろ母は1分おきに気が変わる人なので、瞬間的に盛り上がって行動し、次の瞬間には飽きていることもしばしば。

「今度、突然の雨で山が中止になって、アンタがひとりのときに連れて行って。あ、もちろんおごらないわよ」

 はいはい。
 ママの予定で地球が回ってるわけですから、そんないつとも知れない約束をさせられるわけですね。

 そんなに暇なら、家のことでもすれば? 主婦なんだし。

「いやよ。忙しいのに、どうして家事なんかしなきゃならないの」

 ……予定が空いてこまってる、てのは、「暇」ってことなんやないんかと小一時間……いや、下手なことを言うとまた「お母様のご予定(雨天中止)」を一から全部聞かされる。

 
 そーして、当の月曜日。
 ママを連れて行かなくてよかった、さららんバウは何故か完売、サバキもナシだった。
 そのくせ何故か、座席はいっぱい空いていた。配券の不思議。

 それに友人たちにあのかしましい母を紹介するのも恥ずかしいばかりだし、ママの気が変わってくれて助かったよ。

 
 kineさんといつもの店でさんざんお喋りしてから帰宅、ついでに親の家にも顔を出してみた。

 すると、玄関横の母の書斎は真っ暗だったがぽつんとパソコンだけが点いている。先週買ったばかりの、我が家でいちばん新しいパソコンだ。

 パソコンの画面にはでかでかと、「ブロック崩し」が開かれたままだった。

 ……………ママ。

 暇だったのね。1日中、ものすごーく、暇だったのね?

 居間へ行くと、母ひとりだけいた。
 パソコン、点いたままだったけど、いいの?

「ああっ、忘れてたっ」

 ブロック崩し、って、ナニ?

「ええっ、見たの?!」

 暇だったのね。

「暇じゃないわよ。忙しいわよ」

 暇だったのね。

「忙しいのよ。七並べもしたし、ブロック崩しもしたし。パソコンの操作をおぼえるために、必要なのよ」

 そんなに暇なら、家事でもすれば……。

「忙しいんだってばっ。家事なんかやってる暇ないわ!」

 
 母は今日も元気。
 

デザートローズを探し出して買ったわたしに、弟は「信者、ご苦労様」と言った。失礼ね、ヅカは宗教ぢゃないわよ。@愛・地球博
 この間、『愛・地球博』に行ってきました。
 紆余曲折の末、弟とふたりです。
 なんでいいトシした姉弟ふたりだけで行くハメになったのかは、いろいろいろいろありすぎて、語るのがめんどーなので省略。家庭内の平和を保つために行かねばならんかったのだ。

 まあ、弟はこの世でいちばん気を遣わないでいい相手なので、めちゃ楽なんだけどね、ツレとしては。

 なにはともあれ、最初から最後まで爆笑してました、ふたりで。

 DNAが同じなせいか、ツボが同じでね。
 同じモノ見て笑えるのだわ。

 いちばんツボ直撃したのは、サル池のイベント!!

 正確には『こいの池のイヴニング』とかゆー、夜のイベントだ。
 広い長久手会場の中心にある巨大な池で行われるナイト・イベント。ネズミーランドでいうところのエレクトリカルパレードな。
 いわば「目玉」ですよ。イベントの中のイベント、万博の「顔」とも言える大がかりなイベントですよ。

 恒例のメイン・イベントだけあって、はじまる前からプレ・ステージ的なものがあった。

 池の中央に「噴水のスクリーン」が出来、そこにアニメーションが映るんだ。
 かわいいアニメのおサルさんが映っている。
 つってもわたしは、メール打ったり友会の抽選入力したりと、ばたばたしていたんで、ソレはあまりまともに見ていない。
 だからちゃんと聞いていたわけでもないんだが。
 なんかうっとうしい、下手くそなナレーションが、がなりたてていた。
 ちょっと聞いただけでわかる、素人の声だと。
 あー、声の仕事をするプロじゃないなー。どっかの芸能人とか、ネームバリューだけで選ばれた下手くそかよ、うぜーなー。
 聞いているうちに、黒柳徹子ぢゃねーのか、コレ、と思い、さらにうんざりする。
 べたべたした下手くそな声は、アニメにまったく不釣り合いだった。

 音響の悪さに耳障りさも加わって、ろくに聞いてなかったんだが。

 これからのイベントの主役はどーやらサルらしい。

『大きいスノーモンキーはおかあさん、小さいスノーモンキーはその子どもです』

 てなことを、言っていた。

 登場しているアニメのサルもかわいいし、親子サルのかわいい物語がはじまるんだろうと思っていた。まあ、子どもっぽくするのは正しいよな。こういうイベントは全年齢向けにするべきだろもの。

 ところがどっこい。
 
 イベントがはじまるなり登場したのは。

 巨大な超リアル日本猿の生首だった。

 水中からのそりのそりと浮かび上がる。
 体毛の一本一本までが克明に作られた、リアルな日本猿。
 その首が、池の上に浮かんでいた。

 どれほどリアルかっていったら。

 アナタが「サル顔」と思う中年オヤジの顔を思い浮かべてください。
 ソレが、『こいの池のイヴニング』の主役、スノーモンキーです。

 ツボ直撃しました。

 わたしも弟も、身体をふたつに折って大爆笑した。

 だって、万博のイベントよ? 夜のイベント、いちばん美しくて盛り上がるはずの、たぶん莫大な金額が動いているだろう大イベントなのよ。

 なのに、出てきたのは、オヤジ顔のサル。

 しかもこのサル、動くのよ。
 微妙な動きでねえ。その場でゆーっくり360度回転するの。
 い、意味ねえっ!!

 そして、落ちくぼんだ目を、ゆっくりとまばたきしたりもするの。

 さまざまなライトが彼を照らし出し、体毛がいろーんな色に輝くの。
 顔の色も、いろーんな色になるの。
 ゾンビみたいな顔色とか。

 それだけなの。
 ただ、それだけなの。

 巨大なオヤジが首だけ水面に出して、まばたきしながら360度回転する。

 それだけなのよ、このイベント。

 時計を見たら、10分経過していた。

「ねえねえ、まだ10分だよ。あと20分、ナニするつもりだろ?!」

 固定してあるのだろう、巨大ザルは移動できない。その後ろの水のスクリーンに、アニメのサルが映っている。花が映ったり赤ん坊が映ったりと、スクリーンの映像だけは差し障りのない万博イベントって感じだ。
 しかし、どんなに美しげな映像も、手前にある巨大オヤジ猿のインパクトにかき消されている。つーか、うさんくささを増大させている。

「ただ回るだけかよ?」
「死んでる。目が死んでるよ、あの猿」
「ずっと出しっぱなしなのか、あの猿?」
「回るだけで10分保たせた。でももう限界だろ? あとナニして時間潰す気だ?」

 爆笑するわしら。

 おそろしいことにそのオヤジ猿は、女の声で歌うのだ。

 舌っ足らずのか細い声で、甘い歌を歌う。

「呪い歌?」
「死んだ目をした中年オヤジが、女の声で歌う……これほどブラックなものを見せていいのか?」

 そーいや、あのうぜえナレーションが、「大きいサルはおかーさん」とか言ってたっけ……大きいサルってコレ? ええっ、おかーさんなのか? どっから見てもオヤジなのに?!

 猿の周りを、びんぼくさい小船が光る物体を乗せてうろうろしていたんだが。
 新しい小船が出てきた。

 ミニ猿を乗せて。

 巨大ザルと親子であることは、一目でわかる。
 だって、顔が同じ!

 死んだ目をした中年オヤジ顔をした、二等身の猿!!

 オヤジの二乗。しかも二等身。
 かわいこぶった子猿のふりして、顔はオヤジ!

 わ、笑い死にするかと思った……。

「コレ作ったの、絶対ガイジンだよな」
「日本人のセンスじゃない」
「どーせ名前だけに頼ったんだろ。権威にすり寄って、できたのがコレ」
「名前より、実を取れよ……無名でも、この何億倍すばらしいものを作るアーティストはいくらでもいるだろーに」
「誰か止める者はいなかったのか? 企画段階で、コレがダメなのはわかるだろーに」
「えらいせんせー様に依頼しちゃって、誰も口を挟めなかったんじゃないの?」
「ものすげー金かかってんだろーねー」
「だろーねー」

 爆笑しているのは、わたしたちだけ。
 びっしり埋まっていた観覧席は、どんどん人がいなくなっている。

「どうオチつける気だろ?」
「わけわからんまま20分経過」
「いやあ、ライフポイントがじわじわ削られているよーな、すばらしい悪趣味さだ」
「呪いだよね、これは」

 考えられるすべての無意味な悪趣味を詰め込んだラストは。

「悪魔キターーーー!!」
「ほんとに呪いだったの?!」

 小船に乗って、悪魔が現れた。

 いや、それがなんなのかは、わたしたちにはわからない。
 巨大な白鳥を従えて現れた黒尽くめの巨大な男は、耳がぴんと尖った悪魔としか思えない姿をしていた。

 なんの説明もオチもなく、END。
 とーとつに明かりは消えた。

 笑い疲れたわたしたちが見回せば、観覧席はすでにがらんとしていた。
 みんな、10分見たら、席を立ってしまう。

 そんなイベントって……。
 グローバルなおもしろさでした。
 ブラボー、サル池イベント!!


 最近、気づいたこと。

 わたしがいちばん好きじゃない色って、緑色だわ……。

 わたしが「緑野こあら」という名で生きるよーになって数年。
 カウンタが1日1回しか回らない、そんな日記をWEBで書きはじめた。
 誰も私を知らない。リンクも張らないし、誰にも挨拶しない。友だちにも家族にも、誰にも知らせず、ひとりでひっそりと文章を書く。
 わたししかやってこないサイトだから、カウンタは1日1回しか回らない。自分でリロードして、2回、3回と回して、「よし」と満足。
 そんな、ささやかな日記。

 ……だったのが。

 ありがたいことに読んでくれる人が増え、メールをいただくことも増えた。
 んで、「緑野こあら」としてメールを書くようになり、最後に名前を添えることになる。手紙の最後には名前を書く。とーぜんのこと。

 最初のメールの返事には、ふつーに「緑野こあら」と書く。オールひらがなであることも多い(ひらがな好き)。

 でも、慣れてくるうちに、名前をてきとーにもじって書くよーになる。
 その昔、友人のオレンジと毎日文通しているときは、自分の名前をネタにどこまでギャグをとばせるかで競ったことがあったなー(やめなさい)。

 今いちばん多い我が署名は、「こあら・ぐりーん」。
 深い意味はない。「緑野こあら」をガイジン風に書いてみました、なだけ。

 そしてあるときふと、思った。
 ぐりーん、って、グリーン? 緑?
 あれ、わたし、緑っていちばん、馴染みの薄い色だわ。

 てゆーか、緑って、好きじゃない色だ……。

 がーん。

「なんでソレを、ハンドルにしてるんだよ」

 と、弟につっこまれました。しみじみあきれた口調で。

 長すぎる前振りで恐縮ですが、『愛・地球博』に行ってきました。

 家族で。
 35年前の千里万博にふつーでない思い入れのある緑野家、なにがなんでも家族で行かなきゃ! とゆー父の号令で、えっちらおっちら行ってきましたよ。

 大変でしたよ、家族行動は。
 なんつっても、父と母には日本語通じないから!
 言ってることとやってることチガウし、道理は通じないし、現代の常識は通じないし。35年前と同じ生き方でないと認めないし。

 そのときの目に映るモノと気分で、言っていることがコロコロ変わる年寄りふたりに振り回され、わたしと弟はへとへとでした。

「千里万博では、月の石を見るために3時間並ぶのがあたりまえだったんだ!!」
 と言い張る父は、ネット予約も当日整理券も、空いているだろう他のパビリオンも、まったく認めない。
 テーマ館に入るために1時間半、マンモスを見るために1時間半、てなふーに、並ぶのがあたりまえなんだもん……。
 できるだけ並ばずにすむように、いろいろ予定を考えてきたわたしの苦労は無意味だった。

 つーことで、冷凍マンモスの生首のために1時間半並ぶ覚悟の両親を列に残し、わたしと弟はふたりで買い物に行きました。

 なぜなら。

 マスコット・キャラのモリゾーとキッコロ、めちゃかわいいよね?

 わたしも弟も、こいつらのうさんくささ全開のかわいさにめろめろ(笑)。
 会場に行ったら、絶対なにかオリジナルグッズを買うって決めてたの。

「うわっ、これかわいー」
「かわいーぞ!」
 と、ふたりでグッズの山を前にして大ウケ。
 つーかグッズの種類と量、半端ぢゃない……宝の山だー。うっとり。

 中でもいちばん受けたのが、モリゾーのテンガロンハット。
 このブログに写真をアップする機能があったら、ぜひ載せたいところだ(笑)。
 あのうさんくさいモリゾーの顔というか姿というか、が、そのまま帽子になってるのよ。
 アタマにぬいぐるみ乗っけてます状態。うおー、バカくせえ。最高。

 モリゾーかぶって、思わず姉弟で記念撮影したわ。

「かわいいよなあ、モリゾー。色もいいし」

 と、しみじみする弟、身長180超えの30男。

 そこではじめて、「色」の話になった。

「モリゾーの色って、ぼくのいちばん好きな色だ」
「あ。モリゾーの色って、わたしのいちばん好きじゃない色だ」
「なんでっ、いい色じゃないか!」
「好きじゃないのよー、緑はぁ。とくにビリジアンはいや〜」

 ビリジアン。
 小学生の使う12色絵の具に、必ず入っていた謎の色。「みどり」ではなく、「ビリジアン」。

「いいじゃないか、ビリジアン!」
「いやー、いやー、いやー」

 わたしと弟は、いろんなもので好みが合うんですが、食べ物と「色」だけは合いそうにない(笑)。

 そこで、冒頭の話に。
 弟にハンドルネームは秘密にしているが、「緑」という字を使っていることを明かす。

「そんなに嫌な色なら、なんでソレをハンドルにしてるんだよ」

 ごもっとも。
 なんででしょー? マジでわからん。
 てゆーか、ほんとになにも考えてなかったよ、緑野こあら。

 字面が気に入ってつけただけ。
 「緑」があの「ビリジアン」だと想像が達してなかったよ。

 だって所詮、ヴァーチャル・ネームだし。
 ひとりだけの秘密の日記、誰も知らない名前。
 まさかその名でメールを書いたり、実際にオフで呼ばれたり名乗ったりすることがあるなんて、思ってなかったんだもん!

 ……まあ、ふつーにありそうな名前にしたことだけが、救いかな。
 とんでもない音のつながりだったら、オフで呼ばれたら火ィ吹くもんなー(笑)。

 好きな色じゃない、緑。
 でもわたしはカエルが好きで、モリゾーが好き。

 わがままばかり言う両親の意見最優先だったから、ろくに回ることが出来なかったよ、地球博。

 
 そしてあれほど「家族で万博」にこだわっていた両親。
 わたしと弟が忙しくて、両親の予定の空いている日に休みを取れない、と知るやいなや、夫婦ふたりだけで、2度目の万博旅行の日程を決めてしまいやがりました。
 4人で行くことに意義が! と吠えてたのは誰よ?! それで、わたしも弟も必死でやりくりしたんじゃん。エスコートしようと努力したんじゃん! ひとの作ったプランなんか、まったく顧みてくれなかったくせにー。「文句は言わない。若い者にまかせる」って言って、結局は自分たちの思い通りにしか動かなかったくせに。
「文句ばかり言われるから、次は年寄りだけで行く」って。それなら最初から……あー、もーいいよ。好きにしてくれ。

 わたしも弟も、このオチに苦笑。
 あれだけわたしたちを振り回しておいて、まあ。
 いいよいいよ、好きにしてくれー。肩の荷が下りたよ。

 
 ねえねえ、星担のみなさん、地球博、行きませんか?
 わたしは、イタリア館の「踊るサテュロス」が見たかったのよ!! なのにうちの両親は、わたしの行きたいところになんか、行かせてくれなかったのよー。自分たちの意見しか認めないから!

 そして、緑のモリゾーのグッズを、ちゃんと買いたい……。


 10年前のあの日。

 大阪在住のわたしは大した被災もしていない。そう思っていた。
 が。
 今ごろになって思う。

 ……運が悪かったら、死んでたかも?

 と、思ったのは先日防災テーマの番組を見たとき。
 阪神大震災で亡くなった人の何割かは、倒れてきた家具が原因であるらしい。

 そーいやわたしの部屋も、家具は倒れたなあ。
 てゆーか、部屋の家具すべてが倒れた。
 ひとりでは持ち上げられない重さのテレビも、本棚も、オーディオもなにもかも。

 そうか……テレビや本棚の下で寝てたら、死んでたんだ……。
 テレビの下なら確実だな。うちのテレビ、わりと高い位置にあるから、あの高さからあの重さのものが落ちたら、潰れるわ。

 家は外壁が落ちて、結局改装工事したっけ。市から震災の補助金、いただいたわ……うわ、けっこう被災してたんだ??

 隣の市では建物が倒壊していたわけだから、そこから大して離れていない我が家もそれなりにひどいことにはなっていたんだろう。

 でも、自分のことなんかぜんぜんぴんとこない。
 被災した部類に入らない。
 テレビでは、毎日もっと大変な目に遭っている人たちのニュースが流れていたもの。
 

 あの日わたしは、休みを取っていた。

 バウホール公演『グッバイ・メリーゴーランド』を観るために。

 揺れているので目が覚めて、そのうちおさまるかと黙ってベッドにいたら、ぜんぜんおさまらない。
 えっ、長いよ?
 長いってば。
 えっ、えっ、いつまでつづくの?
 ベッドから出るなんてこと、カケラも考えなかったなあ。
 地震なんかすぐにおさまるって、無意識に思ってたから。
 いつまでも揺れていることにおどろいていた。

 そしたら、本棚が倒れた。

 びっくりだ。
 倒れるか? 本棚だよ? めちゃくちゃ重いんだよ?

 そしてわたしの視界は、そこでブラックアウト。
 アタマの上に、本が降ってきたからだ。

 ベッドの枕元も、本棚だった。
 ただしこちらは作りつけ。壁に打ち付けてあるので、本棚は倒れない、はずれようがない。
 かわりに本棚に詰めていた本、500冊が全部わたしの上に落ちてきた。

 500冊……すみません……全部コミックです……。

 マンガ本で命拾いした。
 百科事典とか文学全集とか、格調高く単価も高く、本自体重いものなら、絶対ひどいことになっていた。
 あ、コミケカタログだったりしても、やはりただではすまなかったろうな。アレが顔に直撃とかしたら、大ケガ必至(コミケカタログなんぞ保管していません)。

 ブラックアウトしたまま、音だけを聞いていた。
 部屋中のものが、倒れる音がする。とくにテレビが落下する音は、大きかった。
 倒れる音と、壊れる音。
 てか、いつまで続くの??

 揺れがおさまったあとも、しばらくは動けなかった。

 実際問題として、500冊の本の下敷きだと、身動きとれなかったのよ。わーん、誰か助け起こしてくれえ。

 なんとか本の山から起きあがって。

 見回した部屋の、すごかったこと。

 部屋の中の家具という家具すべてが、部屋の中央に向けて倒れている。
 無事なものなどひとつもない。
 壁が剥き出し。
 本棚の後ろの壁なんて、見たのいつ以来だ……?
 棚の上のものも全部落ちているし、斜めになったタンスは引き出しが開き中身をぶちまけている。

 忘れられない光景。

 ええ。
 なにもかも落ちて倒れているというのに。

 カーテンレールの上に飾っていた轟悠の写真だけが、無事だった。

 忘れられませんとも。
 めちゃくちゃになった部屋の中で、なにごともなく微笑むトドロキ様!!(笑)

 おそるべしトドロキ!!
 同じよーにカーテンレールの上に飾っていた他のものは全部落ちてるのに。トド様だけ無事ってのは何故?
 お守りにしたら効果があるかもしれない、トドロキ様。

 
 我が家は停電してるしガスも止まっているので、親の家に避難した。
 親の家で見ていたNHKでは、「地震に驚き、道路で転倒してケガをした人」のニュースを繰り返していた。
 朝6時。その時点では、ケガ人はその人だけだった。
 そう、まだ事態がわかっていなかったんだ。

 転んでケガをした人がいる、という話をえんえん繰り返すニュースを眺めているより、わたしには心配事があった。

 今日のバウのチケット、どこよ??

 部屋はめちゃくちゃ。
 あのなにもかも倒れて落ちて足の踏み場もなくなった部屋のどこに、チケットがあるんだ??

 2時半の開演までに、チケット探してコンタクトレンズ探さなきゃ。
 オペラグラスはいらないわ、今日は2列目だから。

 停電しているから、探し物は外が明るくなってからだ。
 まずわたしは親の家にあったビデオカメラで、いろんなものを撮影して回った。
 だってわたしの部屋、ほんとにめちゃくちゃだもの! ここは記念に撮っておくべきでしょう!!

 自分の家やら親の家やら、近所の風景を撮影しました。
 いや、なんとなく。
 当時のわたしは、なにかっちゃービデオカメラを持ち歩いて、撮影するのが大好きな奴でした。

 「転んでケガをした人」のニュースをぼんやり眺めている、わたしの家族の姿も撮影。

 
 陽が昇ってから、母を連れて自分の部屋へ。

 母は未だに言う。
「震災の朝、アタシがいちばん最初にした仕事は、『娘の眼鏡を探すこと』!」
 だって、眼鏡がないとなんにも見えないんだってば!
 そして、眼鏡を置いていた本棚は倒れてちゃって、ひとりでは起こせないんだもの。
 ふたりがかりで本棚を起こし、散乱したモノの中から、母に眼鏡を探し出してもらった。
 眼鏡をかけて、改めてふたりで他の家具を元に戻す。ひとりでは持ち上げられないもん、手伝ってもらうしかない。

 まあ、母はわたしの部屋に入るなり、
「アンタよく生きてたね」
 と感心していたので、文句言いつつも手伝ってくれた。自分の家の片付けもあったのにさ。

 ガスは止まったままだったけど、電気は昼前にはついたんだっけな。
我が家の暖房はガスONLYだったので、凍えながら部屋を片付けたなー。

 それでもわたしは、タカラヅカに行くつもりだった。

 現状がわからなかったから。
 なんせテレビでは「転んでケガをした人がひとり」と言っているだけだし。近所のひとたちもみんな無事で、挨拶したし。
 きっと大した地震じゃなかったんだ。
 我が家がボロいから、こんなことになっているだけで、他のちゃんとした家はどーってことなかったんだ。
 さあ、チケット探さなきゃ! タカネくんのバウを観るぞぉーっ。

 つけっぱなしにしていたテレビのニュースが、だんだん現実に追いついてきた。

 被害者の数が、数分おきに増える。
 燃え続ける街の映像が映る。

 あ、あれ?
 転んでケガした人ひとりだったはずなのに。
 死者の数が、増え続けてる。
 高速道路、ひっくり返ってる? 電車、脱線してる? ええっ??

 
 ここまで大きな事件だと、公的な情報がどれだけ遅いかがわかりました。

 地震から何時間かあとまで、わたしはタカラヅカを観るつもりでいたんだもん。
 ふつーに。

 
 結局丸1日、部屋を片付けながらニュースを見ていたな。
 あの日。

 

忘れ物注意。

2004年12月17日 家族
 月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。

 漂泊の思ひやまず……ってわけじゃないが、車中2泊が基本のうえ「HOTEL DOLLY」でありがたく宿泊。東宝の幕が開いてから週の半分が旅の空って感じになっているもんで、とにかくあわただしい。
 『ドラクエ』やってる時間なんかぜんぜんないし、家族の顔を見る機会も減っている。

 旅立つときはいつもなにかしら忘れ物をしているもんなんだが、今回の忘れ物は大変だった。

 ひとつ。
 弟に、『ドラクエ』返すの忘れた!!

 わたしと弟は、1枚のソフトをふたりで交代でプレイしている。
 昼間と夜中がわたし、夜帰宅してから就寝までと、休日が弟。弟は毎晩寝る前にわたしの部屋へソフトを持ってくるし、わたしは弟の帰宅時間にあわせて、彼の家にソフトを運ぶ。
 ソフトの持ち主は弟だから、あくまでも彼の都合に合わせ空いている時間だけがわたしのプレイタイム。

 なのに、親の家にソフト運ぶの忘れたっ。

 わたしは車中2泊+ドリーさんち2泊の4泊コースで旅立ったんだ。4晩もの間、ソフトを返さないわけにはいかない。

 仕方なく、車中からメールを打った。

「ごめん、『ドラクエ』返すの忘れた。わたしのパソコンの椅子の右側の、ソフトがいろいろ積み上げてあるところに置いてある」

 留守中に、弟に部屋に入られるのは、すごく嫌なんだけど、自業自得だ、仕方ない。いやその、見られるとまずいものがソコかしこにだな……ゲフンゲフン。

 そしてまた、弟は真面目というか融通の利かないヤツなんで、わたしが「部屋に入っていいよ」と言わない限り、そこに自分のゲームソフトがあることがわかっていても、勝手に部屋に入ったりしないんだよな。それを知っているだけに、こちらから先に言わなくちゃならない。

 そして弟は、気の利かないヤツなので、わたしからのメールに対して「肯」の意味での返事は書きやがらんのだ。
 返事がないということが、「OK、問題なし」の意味。

 えーと、無事にソフトを持ち帰ったんだな?
 わたしが指定した場所に、あったんだよな? わたしのカンチガイでそこになくて、あちこち探し回ったとかゆーことは、ないよな?
 部屋のあちこちにちらばっている、あーんなものやこーんなものは、見てないな? 触ってないな??

 
 そして、忘れ物のふたつめ。
 母のパソコン、ログアウトしてくるの忘れた!!

 ドリーさんちの地図をプリントアウトするために、母のパソコンを使ったんだ。わたしはプリンタを持っていないので、印刷したいときは親の家に行くことにしている。

 母のパソコンで、自分のIDでYahooにログインし、ブリーフケースに入れてあった地図をプリントアウトして……たしかそのまま、終了させてしまったよーな?

 そもそも、今緑野家のプリンタは年賀状印刷でフル稼働中、新聞に載っていた一般人の平均年賀状枚数は60数枚だったのに、何故か母は個人で300枚以上(400だっけか? 500だった? わからん)出すという変な人だし、父も数百枚は出す人なので、待ち時間が相当あった。
 ねえ、いったいいつプリンタ空くのよ? こっちは1枚だけなんだから、先に印刷させてよ〜〜。
 たかが宛名印刷(もちろん黒一色)に、「超高画質フルカラー写真印刷用」をクリックしてしまったというから、さあ大変。印刷が、遅いのなんのって。
「数時間前からずーっと印刷してるんだけど、まだ終わらないのよ」
 って、なにのほほんと言ってますか。宛名印刷なんて、「簡単スピード印刷」でいいでしょう? 超高画質でも簡単印刷でも、見た目はそれほど変わらないってば。

 中断させずに最後まで待ったのは、下手に手を出すと、中断後の作業を全部わたしがやらされることになるのがわかっていたからだ。
「年賀状に使う写真を、デジカメからパソコンに移してほしいの」
 と頼まれただけだったのに、気がついたらママの年賀状を作らされていたくらいだからな。「ここに字を入れて。そんな色は嫌。もっと大きくして」……etc. 自分でやれよーっ、わたしはママ専属の技術屋じゃないぞーっ。

 さんざん待たされたのちに、大あわてで印刷して、大あわてで旅立ったんだ。

 ……ログアウト、忘れた……。

 翌日、パソコンを立ち上げた母の悲鳴が聞こえるよーだ。
「アタシはなにもしてないのに! アタシの知らない画面が出る!!」

 弟なら、メール1本で片が付く。
 しかし、母は。

 つーことで、東宝劇場から電話をしました。
 電話で、ママをリモートコントロール。電波状況悪いから、さらに大変さ。

「ねえパソコン、変じゃなかった?」
『なに? 聞こえない』
「パ・ソ・コ・ン。変になってなかった?」
『なに言ってんの? 聞こえないんだけど』

 ぶちっ。
 ツーツーツー。
 リダイアル。

「ねえ、パソコン。もう使った?」
『聞こえないってば』

 ぶちっ。
 ツーツーツー。
 リダイアル。

 を、何度かやったね。
 携帯耳にあてながら、劇場内を移動。アンテナ3本立ってても、会話に至らないんだもん、あの建物。

 よーやくまともに会話ができるようになっても。

「ねえパソコン、変じゃなかった?」
『そうよ、変なのよ!! インターネットしようと思ったら、変な画面が出るの! **が**で**で……』
「あの、それ、わたしがログアウト忘れたせいだから」
『**が**で**なの。アタシはなにもしてないのに!』
「だから、それはわたしが昨日いじったせいで……」
『**が**で**になってて、アタシは**をしたくて』
「だーかーらー、それを直すためにはねー」
『**したいのに、**なのよ!!』

 聞けよ、ひとの話。

 母は建設的な会話ができない人だ。
 トラブルが起こったとき、「どうすれば解決できるか」を考えない。
 そのトラブルによって自分がどう感じたか、どう迷惑をこうむるかを、その日起床したときの気分から現在に至るまで全部解説しなければ気が済まない。

 母の今朝の気分や、なにを思ってパソコンを立ち上げ、今日はどのサイトを回るつもりなのかは、説明してくれなくていいんだってば。書く予定のメールや、メル友との現在の話題や、次の休日の遊びに行く予定まで、教えてくれなくていいんだってば。

 それより、問題を解決させてよ。

「……で、次に、ママのIDを四角の上の段に入れる」
『待ってよ、今名刺探すから』
「名刺? そんなもんはいいから、IDを入れて」
『名刺がないとわからないわ』
「(母の言葉は無視)カーソルを上の四角に合わせて? で、アルファベットで、まず“s”。左の方にあるから」
『s?』
「s入れた? んじゃ次、“u”。真ん中あたりにあるから」
『名刺なくてもわかるの?』
「名刺にIDは載ってない。次、“i”、これも真ん中」
『名刺に載ってないの?』
「名刺に載ってるのはメルアド。IDもパスワードも載せるわけない」
『それ、どうチガウの?』
「いいから次、“t”、これも真ん中」

 ママの遠隔操作は大変っす。
 自業自得だけどさ。

『出たわ、アタシの画面!! あっ、メールが届いてる、**さんからだわ』

 いやもう、説明してくれなくていいから! これで問題ないなら電話切るよ?

『まあ、誠意は認めてあげるわ』

 ………………ありがとうございます。

 
 めちゃくちゃ大きな忘れ物だった……。くたくた。

     
 両親は、いそいそと旅行にでかけました。

 それぞれしょっちゅー旅行しているので、いつもならいちいちどこへ誰と行くとか聞かないのですが。
 ふたり一緒らしいですな。

「鹿児島へ行くんだ」
 と、父。
「新幹線に乗るんだぞ!」
 と、大はしゃぎ。

 …………そう。
 鹿児島まで、新幹線とJRを使って行くのです。
 てゆーか。

 新幹線に乗るのが目的だろう!!

 えー、父は鉄道ファンです。列車に乗るのが生き甲斐な、わたしには理解できない趣味を持ってます。

「去年は新幹線で青森まで行ったからな! 今度は鹿児島だ! ふふふ……」

 父、ご機嫌。

 正気じゃねえよ、何時間かけて行くんだ。
 聞いているだけでうんざりする。

 母は母で、旅行用に新しく買った鞄と帽子をわざわざ見せにやってくるし。はいはい、よかったね。たのしんでおいで。

 
 今日はケロのディナーショー・チケットの発売日。電話をかけながら思った。

「ママたち……まだ電車の中だな

 早朝から出かけたのにな。飛行機ならとっくに鹿児島に着いてるのにな。
 やれやれ。

          ☆

 それと、友人諸氏へ。

 ここんとこ毎日、わたしのポスペ・アドレスにウィルス・メールが送られてきてるよ。
 ポスペのアドレスは「友人」にしか教えていないので、誰か感染しているのかも? もちろん、現在のウイルスは直接の知り合いじゃなくても来たりすることは知ってるけど、念のため。
 なにしろポスペだし、駆除ソフトが全部削除してくれてるんでなんの問題もないけど。

 他のアドレスはチケット取引やらアンケートやら、いろんなとこに使ってるから、ウィルス来まくりだけど(笑)、ポスペの方にウイルス来たのは今回がはじめてだよ。友だちにしか教えていない、知っている人の少ないアドレスだからな。

   
 昨夜から、体調不良。
 寒気がする、目眩がする、腹が痛い、指先に力が入らない。
 あー、風邪だな、こりゃ。と、母に言うと。

「アンタもなの? もー、なんでみんなそうなのよ。父も風邪引いたって今朝からぎゃーぎゃー言ってるのよ」

 えっ、父もなの?
 そういや母も数日前に風邪引いたって言ってたね、大丈夫なの?

「アタシはすっきり治ったわよー。なのになんなの、アンタたち。ひとが治ったコロに引かないでよ」

 
 原因がわかりました。

 母よ。あーた、わたしと父に伝染して治したわねっ?!

        
 あれは、いくつのときだったろう。
 今はなき水都祭で、わたしと友人のぺーちゃんは、橋を渡った。

 水都祭。
 淀川河川敷で開催された、花火大会。豊里大橋付近が会場。
 規模はけっこー大きかった。
 ただ、交通の便がとても悪かったんだよなー。遠方の者は来るな、ご近所限定、てか。

 わたしはいつも、自転車に乗って行っていた。
 いつだったか、車で行ったらひどいめに遭ったからな(大きなイベントに車で行くのは無謀です。渋滞で動けないっつの)。

 水都祭があったころ、わたしとぺーちゃんはいつもいつも、ふたりで花火を見に行った。

 だだっぴろい河川敷で、屋台で買ったフランクフルトを囓りながら、ふたりで並んで花火を眺めた。
 花火は大きくて、豪華で、とても美しかった。

 花火が終わったあとの帰り道、豊里大橋の上でわたしたちはふと、思ったんだ。
「ねえ、わざわざ橋の向こうからこっちにやってくる人がこんなにいるってことは、向こう岸の方が眺めがいいってことなのかなあ?」
 花火が終わったあとに、橋を渡ってくる人ってのは、橋のこちら側に住んでいる人たちだよね。こちら側の岸でも花火はよく見えるし屋台もにぎやかだし、なんの問題もないのに、わざわざこの巨大な橋を徒歩で渡ってまで、向こう岸に行っていた、ということは。
「来年は、向こう岸まで行ってみる?」

 大きな大きな橋。
 徒歩で渡りたいとは、まず思わない橋。
 わたしたちの住む側の眺めで満足して、外側の世界になんかなんの興味もなかった、若かったころのわたしたち。

 そしてその翌年、わたしたちは、橋を渡った。

 自転車はこちら側のいつもの場所に停めて。徒歩で、橋を渡った。

 向こう岸だからって、べつになにも変わらないよねえ。
 人がいっぱいで、屋台がいっぱいで。橋を渡った分、疲れたなーって感じ?

 そう思っていたのは、実際に花火が上がったときに、吹き飛んだ。

 花火は、真上だった。

 頭の上に、花火があった。
 炎の花が、花びらが、きらめきながら降ってくる。
 視界のすべてが、花火だった。

 360度の丸いお椀のような宇宙全体に、花が咲いていた。

 わたしもぺーちゃんも、口を開けたまま、真上を見ていた。
 こんな大きな花火を見たことがない。
 花火って、こんなに大きかったんだ?
 近くで見ると、真上になるんだ?

 知らなかった。
 知らなかったよ。
 何年も何年も、自分の岸で満足していたよ。こんなに大きな花火を知らずにいたよ。
 そこに橋があることさえ、気づいてなかったんだ。

 
 あの花火が、忘れられない。
 わたしにとっての花火は、きっと一生あのときの花火なんだろう。

 降ってくる。
 手を伸ばすと、花びらをつかめそうだ。
 大きな花火、包み込むような光のシャワー。
 その下にいる、若かったわたしとぺーちゃん。

 あれから何年経ったかわからない。いつの間にか水都祭はなくなり、北大阪の花火と言えば、淀川花火大会のことになった。
 淀川花火大会もそりゃー華やかだ。豪華だ。
 今年もまた、わたしは母とふたり、ケンカしいしい出かけたさ(なんで母はああもわたしを怒らせるのがうまいんだろう)。
 毎年新作花火が披露され、その独創性や技術の高さに舌を巻く。毎年新作、って、すごいことだよねえ、花火のパターンなんてもう頭打ちかと思うのに、それでもなにかしら新しいものを創ってくるんだから。

 こんなにすばらしい花火大会なのに。
 180度の円形スクリーンを見ているかのよーに、天頂まで花火なのに。
 たぶん、技術的にも格段と進歩しているだろうに。

 わたしにとっての「花火」は、大昔にぺーちゃんと見た、あの花火なんだ。
 頭上全部を埋め尽くしていた、「わたしの上に降ってくる」花火なんだ。

 
 しかし今年から「有料席」ができたんだね、淀川花火大会。
 一部を有料にするのは構わないが、わざわざ高い幕を張って、無料空間の視界を妨げるのはどうよ。
 今まで無料だった場所で金を取るだけでは足りず、金を出さない人間のために遮蔽物をわざわざ造って、「ほら、そこだと見えないでしょ? 見たかったら金を出しなさい」とやるのは、ものすげーことだと思うよ。
 映画館で言うなら、通常料金席の前に手すりを造って、「手すりが邪魔で映画がよく見えないでしょ? 特別料金を払って、指定席に坐ればよく見えますよ」とやっているよーなもんだよねえ。
 いちばん見やすい場所を有料にするくらいは別に構わないよ。不景気だから、金がいるんだろうよ。そして、花火大会っちゅーのは、小細工しなくてもちゃんと有料席が売れるもんさ。人出がものすごいことぐらい、誰でも知ってるから、わずかな金で快適を買う人がいっぱいいるんだよ。
 なのにわざわざ、遮蔽物を金を出して造るなよ。

 わたしたち土手に坐って見たから、そんな幕なんか障害にならなかったけどさ。例年通り河川敷で見た人たちは、水上花火が見えなかったんじゃないかな。

 
 小雨がぱらついていたし、風もあったのでとても涼しい花火大会だった。
 あれくらいの雨、わたしにはまったく問題なかったので、いいんだけど。
 残念だったのは、観覧席が風下だったこと。

 こればっかは、運だよねえ。

 花火は、風上で見たいよ。
 風下だと煙が邪魔で花火が見えにくいんだもの。

 来年はわたしたちの後ろから風が吹きますように。

 
「んで来年は、アイゼン履けばいいんじゃないかな」
「そうか、アイゼンか!!」

 土手はかなり急な斜面。見晴らしは最高だったのだが、そこに坐っているのはけっこー大変だった(笑)。
 足場があればいいな、ということで、来年は杭と金槌でも持っていくか、とか話してたんだけど。
 それよりもっといいものがあるじゃん。
 アイゼン−−登山用品の、鉄かんじき。
 氷雪上を歩行するための器具。

「わたしは6つ爪のアイゼンを履くから、アンタには4つ爪のを貸してあげるわ」
 と、母は鼻高々。

 ふつーの家庭には、アイゼンってふつーにあるもんなんすかね?
 我が家では、冬場はあったりまえに茶の間にぶらさがってたりしますが(母が雪山登山したあと、洗って干しているから)。

 来年は、アイゼン履いて花火大会。

     
 今日もまた、ママに負けた。
 隙をつかれ、自分語りされてしまった。

 わたしは親の家の茶の間で、ある番組のDVDを見ていた。
「あら、おもしろそうな番組ね」
 と言って、母も横に坐った。

 番組の中で、太鼓が鳴り響いた。
 腹にずんずん響く、景気のいい和太鼓だ。

「まあ、いい音ね」
「そうね」
「この太鼓の音、聞いたことあるわ」
「……(テレビを見ている)……」
「そうだわ、これは**(固有名詞。聞いたが忘れた)の太鼓だわ」
「……(テレビを見ている)……」
「アタシ、行ったことあるのよ、**。アタシが**に行ったときは、そうね、もう何年になるかしらね。あのときはねー……」

 そしてはじまる、自分語り。

 あたしはテレビ見てるんだよ。聞いてねえんだよ、そんな話(怒)。

 たかが30分の番組も、黙って見ていられないのね、母。
 自分語りしないと死んでしまう生き物なのね、母。

 …………。

    

仲良し母娘。

2004年5月27日 家族
 母が杏仁豆腐を持ってきてくれた。
 ありがとう、ママ。
 笑顔で受け取ったのに、母は帰ろうとしない。

「早く食べてよ。どれくらいで食べ終わる?」

 え? 今、食べなきゃなんないの? べつに今おなかすいてないんだけど……。

「ここで待ってるから、今すぐ食べて」

 ここでって……パソコンの前に坐っている、わたしの後ろ?

「その杏仁豆腐が入っている器が、どーしてもいるのよ。アタシもがんばって食べたんだけど、もう限界だから、アンタ残り食べて、器を空けて」

 ママ……。

 あなたは、かわいい娘に杏仁豆腐を持ってきてくれたのではなく、器を空けるために利用しようとして、来たのですね……!!

「だから、その器がいるのよ。いくらさがしても、その器ほどちょうどいいカタチと大きさはないんだもの。アタシは……」

 うわ。
 母の必殺技「自分語り」がはじまった。
 世界でいちばん忙しく(なんせシングルのトイレットペーパーを使う時間もないほど!)、運命論者の母は、5秒以上会話に空白が空くと、自動的に「自分語り」をはじめる癖がある。もしくは、隙を見せるとすぐに「自分語り」をはじめる。

 そしてわたしは、母の「自分語り」が大嫌いだ。てゆーか、聞き飽きた。
 はいはい、ママは非凡、ママは特別、ママは宇宙一よ。だからお願い、語らないで。ママがどんなにすばらしい人かは、もう聞き飽きたから。

 背後で監視されながら、たまたまそばにあったお茶用のスプーン(粉末茶をカップに入れるために置いてあった)で杏仁豆腐をかきこむ。
 味? そんなもん、感じている場合ではない。
 後ろで、仁王立ちしてるのよ、ママ!
 食べるまで見張ってるのよ!

 わあ〜〜ん。

 
 はい、どうぞ、ご所望の器です。
 シロップまではとても飲めません。具だけ食べたから、もう許して。

 わたしが差し出した器を持って、母はまだなにかしら語りながら去っていった。

 台風一過。
 満腹時の甘いモノ+早食いはきつい……。

     
 朝のミステリ。

 眠っているわたしの耳に、玄関ドアの開く音がした。
 どうやら、誰か家に入ってきたらしい。

 もちろんドアは施錠してある。
 合い鍵を持っているのは家族だけなので、たぶん家族の誰かだ。

 時計を見れば、ちょうど緑野家の朝のラッシュ時刻だった。
 ひきこもり人生をしているわたしとちがい、緑野家本宅の家族たちはみな職業がある。彼らは毎朝、熾烈なトイレ争奪戦を繰り広げる。

 どうやら、争奪戦に敗れた者が1名、わたしの家にトイレを借りに来たようだ。
 気配からして、母だろう。さっきまでわたしのベッドで寝ていた猫が、いそいそと階下へ降りていった。猫の鳴き声と、母の声が聞こえてくる。

 答えが推理できたので、わたしはまた夢の中へ戻った。ねむねむ。

 だが、それからほんの1時間ほどあと。
 再び、玄関ドアが開く音がした。

 何故だ?
 時間からいって、トイレは関係ない。
 ドアは開いたが、人が入ってきた気配はない。

 朝のミステリ。
 何故、わたしの家のドアは、2回開けられたのか?

 
 起床したわたしは、親の家に行って、聞いてみた。
 今朝、わたしの家に来なかった? しかも、2回。

「だってまた、出てこないんだもの」

 やはり、母がトイレ争奪戦に負けて、わたしの家のトイレを使いに来たらしい。
 また、というのは、彼女が敗北する相手がいつも決まっているためだ。
 そう、ウチの弟は、トイレが長い。ヤツに先に入られると、十数分占拠されてしまうのだ。

「そしたらねー、アンタの猫がやってきて、トイレのドアの前でしきりに鳴くのよー。仕方ないからドアを開けてやったら、中に入ってきて、ごろんとおなかを上にしてひっくり返るのよ。撫でろって言うのよー」

 はい、ウチの猫はそーゆー猫です。
 ひとがトイレ入ってたら、一緒に入ってきて、撫でろだのかまえだのとうるさいよ。洋式便器に坐っているわたしの膝や肩の上に乗ってきたりな。

「仕方ないから、手を伸ばして、撫でたわよ」

 猫は気持ちよさそーに撫でられていたらしい。
 トイレの床の上で。
 今まさに用を足している母の片手で。

「やりにくかったわ……」

 どっちが?
 いや、答えなくていい。

「それで、アタシがトイレから出て、家に帰ろうとしたら、猫がついてくるのよ。アタシと一緒に行きたいって言うの。でも、飼い主の許可なく連れて行ったらまずいわよねえ? アンタが起きてきて、猫がいなくなってたら、アンタ、びっくりするわよね?」

 ここで、謎は解けました。

 つまりママ、あなた、連れて行ったのね? わたしの猫を。わたしに無断で。

「だって、一緒に行きたいって猫が言うんだもの!」

 飼い主に無断で連れ出したらまずいってわかっていながら、それでも連れ出したのね?

「だって、猫が行きたがるんだもの!」

 この誘拐犯め(笑)。

「拉致して帰ったのはいいけど、猫ったらすぐにアンタの家に帰りたいって言い出すんだもの。仕方なく、またアンタんちに猫だけ返しに行ったのよ」

 それが、2回目のドアの音ね。ドアが開いた音はしたけど、人が入ってくる気配はなかった。

 まったく、朝からなにやってんのよ、猫に振り回されて。

「猫ってば、ちょっと目を離した隙に、ウチの玄関口でおしっこしたのよ。サンダルがひとつ、被害に遭ったわ」

 母は言う。

「トイレを借りに行って、代わりに猫のトイレにされて。さんざんだわ……でもま、猫がおしっこしたのは、弟のサンダルだから別にいいんだけど」

 弟にトイレを占領されたがゆえに、すべてが起こった。
 そして、災難は弟に収束し、朝のミステリは終結する。ちゃんちゃん。

        
 緑野家の夕飯には、デザートが欠かせない。
 季節のフルーツか、プリンやヨーグルトなどの「つるっと食べられる」お菓子が多い。

 本日のデザートは、プリンだった。

 しかし、本日のプリンは……。

「なんかコレ、すごくない?」
「すごい。いろんな意味ですごい」
「まず、よくもこんなプリン、作るよね。昭和中期の雰囲気?」
「次にすごいのは、よりによってコレを買ってくることだな」

 わたしと弟は、本日のプリンをネタに盛り上がる。

 そう、そのプリンは、よくスーパーで売っている「3個で1パック」の安物プリンだった。
 そのことはいい。緑野家はいつだって、自分たちのランクに応じた安い食べ物を機嫌良く食べている。
 スーパーで安いプリンを買うのは当たり前。
 ブランドなんぞ気にしません。
 ふつーに食べられれば、それでよいのです。

 そんなわたしたちでさえ、震撼させてしまう、本日のプリン。

 メーカーは知りません。
 チェックしなかった。
 見たことも聞いたこともない商品名と、パッケージ。

 そう、そのプリンをひとめ見て、わたしと弟は思いました。

 うっわー、まずそう。

 まるでショーケースの中のイミテーション。安物のプラスチック製のおもちゃにしか見えない。

 えーとコレ、食べ物だよね? 食べられるんだよね?
 と、不安になってしまうよーなプリン。

「ここまでまずそうな姿をしているのに、そのうえ正気か、このパッケージ」
「あー、ひどいねー、よりショボさを強調しているというか……プリン本体でも安っぽくてまずそうなのに、パッケージがソレに輪をかけて安っぽくてまずそうなのはナニ?」
「カラー印刷なのに何故、よりによってこんなまずそうなデザインにするんだ?」
「ショボいプリンやヨーグルトだと、3色印刷に子どもだましのイラスト、とかあるよねえ。でもコレはわざわざ写真使ってカラー印刷だから、ソレよりはお金かかってそうなのに……このショボさは……」
「プリンのカップひとつずつに印刷しないで、1パックの箱に印刷した方がよくないか?中のプリンが外から見えたら、まずそうなのが一目瞭然でやばいだろ」
「箱の印刷と、プリンのラベルの印刷は、どちらがコストかかるのかねえ」

 わたしたちは真剣に、「どんなパッケージにすれば、このまずそうなプリンの印象をよくすることができるか」を討論する。

「でもさ、箱だけおしゃれでおいしそうで、開けてみてこのプリンが出てきたら、消費者は怒るんじゃないか?」
「それもそうか。『詐欺だ!』と思うかもしんないなあ」
「今のパッケージなら、まずそうなのはひとめでわかるじゃん。プリンなんて何十種類も売っているのに、わざわざこんなまずそうな外観のプリンを買う客は、実際に食べてみてまずいからって怒らないだろ」
「たしかに。まずいことを予想して買うだろうから、文句はつけないだろうね」

 とまあ、見た目だけでさんざんに言っておりましたが。
 先に食事を終えた弟が、問題のプリンを食べようとしました。
 ……ラベルの品質が悪いので開けにくく、開封するだけで一苦労(笑)。
 ぷっちん機能付きカップなので、お皿に伏せて、カップ底のつまみを折ろうとするのだけど、プラスチックの品質が悪いので簡単には折れず、またしても一苦労(笑)。

「なんか、すごくかなしくなってきた……」

 こんなびんぼくさい食べ物にバカにされてる気がする。弟はそう言うのだ。
 がんばれ弟。

 苦労の末、よーやくプリンを試食した弟は。

「見たまんまの味……」

 と、言いました。
 つまり、まずいわけです。

「砂糖味そのまんま……昭和中期とか、モノのない時代なら、砂糖の味ってことで、よろこばれたかもな」

 たべながら弟は、パックの裏の表示を眺めている。

「いや、カラダに悪い成分とか入ってそうな気がして。昔は認可が下りてたかもしれないけど、21世紀の現代では使われてないよーなものが」

 見た目からしてまずそうで、カラダに悪そうで、びんぼくさくて、実際にとてもまずい、このプリン。

「誰が買うんだろう……」
「ふつーの人はまず、買わないよね? 安ければ買うか?」
「いや、安いといっても限度があるだろう。他商品と比べてわずかに安いぐらいじゃこんなまずそうなものは買わないだろうし、安すぎればかえって不安になるだろう」
「有名メーカーの商品が安ければ『ラッキー』と思って買うけど、こんないかにも怪しい、カラダに悪そうな商品がものすごーく安かったら、なんかこわいよねえ」

 語り続けるわたしたちの後ろで、こんなとんでもないプリンを買ってきた母は、

「アタシは知らないわ。なにも見ないで買ったんだもの! プリンはただプリンでしょう?こあらが大きいプリンを買ったら怒るから、小さいやつが3つ入ったのを買っただけじゃない。だって他には売ってなかったんだもの。あとはみんな大きくて……」

 と、誰も聞いていない言い訳を並べ続けている。
 母の口癖は「だって(反論)」と「恐れ入ったか!(自慢)」と「私は悪くない(転嫁)」なので、いちいち誰もマトモに取り合わない。
 世界一忙しい母は、買い物するときにも商品を確かめたり比べたり選んだりしないのだ。1秒が惜しい人だから。

 おかげで我が家には、不思議な食べ物がよく登場する。
 
 このモノがあふれた現代に、何故、よりによってソレを買ってくるかな、とゆーよーなモノが。

 わたしたちは、真剣に消費対象者についての考察をした。

「いかにも安っぽくて、まずそうで、子どもだまし……」
「駄菓子屋で売ってそうだよね」
「笑えるほどプリン。プリン以外のなにものでもない、言い訳のようにプリンでしかないデザイン」
「選ぶ権利があれば、まず買わない商品を、どう売るか」
「選ぶ権利のない客に売りつけるとか?」
「ソレだ!!」

 結論は出た。

「そーいや、給食についてるプリンってこんなだった」
「あと、お子様ランチについてるプリン」

 プリンである、というだけのプリン。
 言い訳のようなプリン。

 母が出してきたレシートには、業務用スーパーと店名が印字してあった。

 やっぱり業務用かい(笑)。

「ところで、ねーちゃんは食わんのか?」

 あら。喋るだけ喋ってて、食べるの忘れてた。
 品質が悪いためにわたしの力ではラベルを開けることができず、弟に開けてもらい、品質が悪いためにぷっちんできずにカップの端にスプーンつっこんで強引に皿に移し。
 食べましたともさ!! 人生は冒険だ!!

 まっ・ずー。

 いやあ、見た目通りのまずさ。看板に偽りナシ(笑)。
 砂糖甘くて、しかもそれを水で薄めたような味。昔、駄菓子屋で買った粉ジュースを水で溶いたときの味だわ。
 ちと郷愁に浸ってみたり。

「それにしても、すごい破壊力を持ったプリンだ」

 弟が呆然と言う。

「それまで、何の話をしていたか、忘れてしまったよ」

 うん、まったくだ。わたしらたしか、『街』の話をしていたはずなんだが……スコーンと抜けちゃったね……。

 

お茶を丸ごと。

2004年3月15日 家族
 さて、機嫌良く使っているお茶挽き機。
 うちの母は、根本的なマチガイをしていました。

「これがあれば、ゴミ箱の中の茶殻も全部、もう一度飲むことができるのね」

 ママ……。

 すりおろすのは、挽くのは、新しいお茶っ葉です。
 すでにゴミとなった茶殻を挽くわけではありません。

 てか、常識でわかるだろう?
 ゴミ箱の中のモノを、食べたいか?

「だってアンタが、茶殻が出ない茶殻が出ないって言うから!」

 母の口癖は、「だって(反論)」「恐れ入ったか!(自慢)」「私は悪くない(転嫁)」なので、もちろん悪いのはわたしということで終わりました。

笑う女の謎。

2004年2月27日 家族
 母が言う。

「インターネットをしていたら、突然別の窓が開くの」

 どっか触ったんでしょう?
 リンクの貼ってあるところをクリックしたら、そうなるのよ。おどろかなくても大丈夫。

「アタシが触っているのは画像だけよ? よく行くホームページの、この画像をもっとちゃんと見たいな思っていじっていると、突然知らない窓が開くの」

 ふーん。
 そんなこともあるでしょうよ、と、わたしと弟はデザートを食べるのに忙しい。
 べつのホームページに飛ぶだけよ、特に問題ないわ。

「そしたらその窓にはね、『緑野龍子さん』って出るの」

 は?
 緑野龍子ってのは、母の名前だ。
 なんで母の名前が、たまたま訪問したサイトに出るの?

「そして、『初期化しています』って出るの」

 初期化?

「それから、『ダウンロードしています』って出るの」

 なんかソレ、やばくない?

「それから、知らない女の人がいるの」

 はああ?!

「その窓が開いて、ダウンロードとか初期化とか、勝手にはじめて、アタシの名前を呼んで、そしていつも、女の人が上の方に出てきて笑うの。どこのホームページに行ってもそうなの!」

 ちょっと待ってママ……。
 それって、ホラー

「わからないの、こわいの!!」

 と言う母の話をよく聞くと。

「ねえソレ……Photoshopのことぢゃあ……?」
 と、弟。

 Photoshop!!
 た、たしかに、立ち上がるときにユーザーの名前が出るわ。登録してあるから。
 初期化もダウンロードも出るわ、メッセージが。

 そして、たしかに女の人が笑っているわ

「ねえ、あれってなんなの? なにが起こっているの?!」

 えーと。
 画像データを開くと、自動的にPhotoshop Elementsが立ち上がっちゃうんです。そーゆー関連づけしてあるから。
 べつになんの問題もありません。

 てか。

 知らない女の人が笑ってる……か……。
 こーゆー表現の仕方をすると、Photoshopもホラーになりえるのね……。

 
 わたしは、通帳を盗まれたことがあります。キャッシュカードごと。

 しかし、警察は取り合ってくれませんでした。
「事件にするのはめんどくせー」
 という態度で追い払われました。

 というのも、実質的な被害がなかったせい。

 わたしは迂闊なことに、通帳とカードの入ったポシェットを、玄関口に置きっぱなしにしていた。
 玄関には必ず鍵をかけているので、危機感がなかった。

 しかし。
 そのポシェットを開けてみたら、たしかに入れていたはずの通帳も、それと一緒にしていたカード類も全部なくなっている。
 反対に言えば、なくなっているのは、通帳とカード類だけ。その他のものは全部そろっていた。

 なんで? わたしは通帳とカードだけよそへやったりとか、してないよ?

 わたしの家に毎日出入りしている家族に聞く。
「ねえ、わたしのポシェット、触った?」
 通帳の扱いが悪い、って気を利かせてどこかに片付けてくれたとか?

 しかし家族は全員「触っていない」と言う。

 そうこうしているうちに、警察から連絡が入った。

「あなたの通帳が落とし物として届いています」

 落ちていた場所は、わたしの家の近所の路上だった。
 通帳とカード類がむきだしで放置されていたらしい。

 そこではじめてわたしは、盗難に遭っていたことを知った。
 ポシェットの中身が、「通帳とカードだけ選んで」路上に落ちるわけないじゃん。落ちるなら全部落ちるだろう。

 わたしは玄関の鍵を必ずかける。
 これはもう習慣だ。
 無意識の域に達している。

 しかし、鍵をかけないヤツがいる。
 父だ。
 父はわたしの家にやってきたとき、鍵をかけない。

 もともと我が家では、「鍵をかける」という習慣がなかった。大阪の下町、人情命の場所だからな。出かけるときはともかくとして、在宅中は誰が来てもいいように玄関に鍵はかけない。
 わたしも祖父母が存命時にはそうしていたさ。近所の人は勝手にドアを開けてあがりこみ、おしゃべりしていったさ。いつでもウェルカム、みんな仲良しだったさ。
 しかしそれも今は昔の話。
 祖父母は亡くなり、古いびんぼー長屋はどんどん解体され、マンションや新築住宅地になり、街の雰囲気も変わっていった。
 もう、鍵をかけずにすむようなところではなくなったさ。時代は変わったのさ。

 玄関に鍵をかけなかった最大の理由は、1階に人がいた、てのがある。
 1階の仏壇の部屋に、祖父母が暮らしていたからね。玄関が開けば、彼らが気づく。

 祖父母亡き今は、1階がただの「倉庫」と化している現状。わたしは2階にこもっているので、1階に誰かがこっそり入り込んでも、気づかない。
 だから在宅中も鍵は必ずかけている。

 なのに。
 父は、鍵をかけない。
 わたしの家の2階にあるコピー機を使っている間とか、玄関の鍵は開けたまんま。古いコピー機は大きな音をたてるから、階下の音なんて、聞こえるはずもない。

 父はいつもそう。
 トイレの電気は消さないし、自分の家の寝室の扉も開けたまま。
 使用後は電気を消せ、開けたドアは閉めろ。
 いくら言っても、なおらない。

 玄関に鍵をかけろ、というのも、わたしが何度言ってもダメ。今も3回に1回は忘れている。

 だからまあ、玄関口に置いてあったポシェットを、外部の人間が触る可能性はあったわけだ。

 わたしは、これは盗難事件だと思った。
 盗まれたんだ。
 ……わたしが不注意だったせいとはいえ。

 しかし、被害はなかった。

 犯人の行動をシミュレートしてみよう。
 
 玄関のドアを触ったら、おや、鍵がかかってない。開けたら、無人の部屋が見え、上がり口にはポシェットが置いてある。中を見たら、なんと通帳が。横にはカードもあるぞ。

 咄嗟に通帳とカードだけを握って、逃げる。
 角をふたつ曲がったところで、盗んで逃げたものを確認してみた。

 あれ?
 キャッシュカードだと思って掴んできた、カードの束。
 テレホンカードにどこかの店のポイントカード……キャッシュカードじゃない!!
 とくにこの、某家電量販店のポイントカード! 分厚いプラスチック製で、見た目も質感もキャッシュカードとそっくりだ! なんて紛らわしい!!

 キャッシュカードがないんじゃあ、通帳だけあっても意味ないじゃないか! キャッシュカードがあれば、暗証番号にしていそうな電話番号や誕生日くらい誰だって調べられるのに!

 つーことで、盗んできたものをその場に捨てる。持っていてもしょうがない。
 捨てた通帳がどうなろうと、知ったことか。

 ……てな流れだったんじゃないか?
 通帳の発見場所が、わたしの家から2つめの角を曲がったところ、というのがまた、リアリティ。わたしゃそんなとこは通らない。駅とは反対方向だし。

 キャッシュカードも同じポシェットに入れてたんだけどね。それだけは、ファスナーのついた内ポケットに入れていたのよ。
 ポシェットを開けて、一見できるところには入れてなかったの。
 それでなんとか、最悪の事態は回避できた。

 「通帳とカード類」だけ掴んで逃げずに、その場で確認していれば、ちゃんとキャッシュカードも盗めたのにねえ。
 出会い頭の事故、ほんの出来心だったんだろうなあ。
 てゆーか、一見してキャッシュカードがないと判断していれば、盗みなんかせずに、ポシェットから手を離したかもしれない。

 「取ってください」と言わんばかりに置いてあったせいだろうな。

 ……それって、父のせいもあると思うけど。
 わたしが玄関口に貴重品を置いたままにしていたのは、「鍵をかけている」という前提の上でよ。鍵を開けたままにしているバカがいることは、計算に入ってないわ。

 通帳を受け取りに警察に行ったときに、「これはわたしが落としたモノじゃない、盗まれたモノだ」と主張したんだけど、警察は取り合ってくれなかった。
 被害がないのに、わざわざ話をややこしくするな。……そーゆー感じだった。
 そしてわたしは、
「アンタがうっかりして落としたんだ」
 と、警察の人に言いくるめられました。
 記憶の改竄をやんわりと、だが確実に強要された。やれやれ。

 さあ、この「九死に一生を得た」通帳。
 じつは印鑑を紛失して長い。
 今日よーやく新しい印鑑を買ったので、届けを出さなきゃなー。
 心機一転だ。

 
 ママがいそいそと、わたしの部屋にやってきました。

「メールを見たから、来たわ」

 と。

 ええ昨夜、ママにメールを出しました。
 以前見失っていた辞書サイトを発見したので、ママにもお裾分け、とURLを貼って送りました。ママも辞書は使うだろうから、と。

 でもなんで、わたしの家に来る必要があるの?

「だって辞書をくれるんでしょ? さあ、ちょうだい」

 と、手を出す。

 がっくり。

「あのね、ママ……」

 送信履歴を出して、メールの読み方を説明。
 この青く色が変わっている部分をクリックするの。
 そしたら別窓が開いて、この画面が出るの。
 これが「辞書」。わかる?
 調べたい単語を、この窓の中に入れて、「検索」と書いてあるボタンをクリックするの。
 するとほら、こんなふーにいろいろ言葉が出てくるでしょう? 便利でしょう?
 ママのパソコンで、ママが使うことのできるHPの情報を送ったのよ、わたしは。

「まー、すごーい。アタシはてっきり、アンタがなにかくれるんだと思ってやってきたのよ。重いモノをもらってもいいように、こうやって手ぶらで!!」

 ……脱力……。

 

家族サービス。

2004年2月2日 家族
 旅から戻ったその日に、母に襲撃される。

「買い物に行きましょう!!」

 箕面の某巨大ショッピングゾーンへ。

 そう、今日は雨の月曜日。
 月曜日はほぼ皆勤で山へ行く母は、予定が流れてしまってヒマらしい。

 えーっとわたし、今朝夜行バスで帰阪したところで……疲れてるんだけど……まあいいか……。

 「美しい空」という意味の某巨大ショッピングゾーンは、自然を満喫できる作り。
 つまり、冬は寒いし、雨の日は濡れる。

 雨の月曜日にわざわざ行く物好きは、そうそういないよね……。
 客はあまり来ないと踏んでのことでしょう、店を開けながら棚卸ししているとこもあったよ……。わたしも弟も販売店勤務だったから、なまあたたかく見守ってしまう。

 山の専門店に母を放り込み、おつきのわたしと弟は、ふたりでウインドウショッピング。
 買う買わないは別にして、ファッション雑貨を見てまわるのは大好き。女に生まれたたのしみのひとつ。
 ……弟と一緒でも、ちっともたのしくないがな……。

 わざわざわたしと弟がついていったのは、晩メシを母にたかるためだ。
 ママのお財布で、小洒落たイタリアン・レストランでお食事〜〜。たまにはいいよね、親子で外食も、ってことで。うまうま。
 わたしはともかく、いつも母に冷たい弟が一緒なので、そのことでも母は舞い上がっている様子。はいはい、わたしがいなきゃ弟が母とふたりで出かけるはずがないもんね。そりゃ、わたしが疲労していよーがどーしよーが、連れ出すよね。

 これもママサービスの一環。
 おつきあい、おつきあい。

 そうやってよーやく帰宅すれば、今度はひとりのけものにされた父がすねていた……。

 はー、どっこい。

 
 またしても、弟とふたりで『ガンダム』の話。
 そもそもは『ドラグナー』の話してたんだけど、そっから『ガンダム』に移行。

「そーいや『SEED』見てないなあ」
「あー、わたしも見てないよ。でも友だちが言うには、『W』以下だってことだし。あのぶっこわれてた『W』以下なら、推して知るべし?」
「それでも見るよ。友だちからDVDもらったし、見なかったら今後こまると思うし」
「こまるって、ゲームかい」
「どーせ『スパロポ』や『Gジェネ』に出てくるんだろうからさあ。いちおー見ておかないと」
「そんな理由……」
「『V』とか『X』とか、あたりまえにゲームに出てくるから、わけわかんないままやってるけど……『X』ってどんな話だった?」
「最初から最後まで見たはずだけど、ストーリーは一切覚えてない。顔と名前のちがうアムロとシャアが出てたことと、『エヴァ』の直後だったからアヤナミのパクリみたいなヒロインがいたこと、終始一貫つまらなかったことだけ、覚えてる」
「でも『ガンダム』シリーズには、なにかとシャアみたいな人は出てるだろ」
「お約束なんだよねえ。そーいや『W』に出てたシャアみたいな人は、男装の麗人の恋人っていうか相方がいたけどさあ、このふたりが並ぶとものすごーく百合くさかったんだよねえ」
「なんだそりゃ」
「男と、男装した女のカップルだよ? ふたりとも軍服に男言葉だよ? なのに通常の男女カップルにも、ホモにも見えず、ひたすら百合くさかった……何故だろう……」

 てな会話をえんえん、ふたりで入ったうどん屋でしてたわけです。
 弟は基本的にアニメもマンガも興味ない人ですが、『ガンダム』だけは別格な、「あの世代に子どもだった男」のひとりです。ガンプラを夢中で作っていたガキのひとりさ。
 そして職場がパソコン売り場だったりするから、スタッフと客にオタクが多い。……ので、本人がオタクでなくても、知識だけは外側からインプットされている。

 わたしは正真正銘のオタクなので、アニメもマンガもゲームもなんでも来い!だけどな。まあ、年寄りなので新しいジャンルはわからないが。
 いっそ弟もオタクなら、話題の幅も広がるのに、惜しいな……と、思う。(ついでに、弟から「このオタクめ」となまあたたかい眼で見られることもなくなるだろーに)

 ああ、そして。
 オタクじゃないくせに半端に知識だけある弟は、大真面目に言うのさ。

「見てないからよく知らないけど、『W』ってヤヨイ系みたいな絵だろ? アレって狙ってるのか?」

 ヤ、ヤヨイ系……。

 弟よ、ソレ、やおい系のこと?

 は、恥ずかしい……! その半端なまちがいっぷりが……っ。
 聞いててすげー恥ずかしいよ!
 でも訂正するのも恥ずかしいし、このままスルーしよう、そうしよう。

 

父のセクハラ。

2004年1月25日 家族
 うちの父は、うちの猫にめろめろ。
 されど、うちの猫は父が嫌い。

 今日もまた、父はいやがる猫を抱きしめては猫パンチをくらっていた。
 キックではない。パンチだ。
 前足で叩くのだ。
 右利きらしい。猫のパンチは、いつも右前足。

 猫の気持ちもわかる。
 脂ぎったおっさんに抱きしめられたら、そりゃ嫌だろう。うちの猫はオスだしな。

「パパ、それってセクハラだよ」

 と、つねづね言っているんだが、改める気はまったくないらしい。

 猫は、外出するときは必ずわたしの肩に乗る。
 肩に乗せて、親の家に行くと、まず父がよろこんで寄ってくる。目尻を下げて、猫の名前を猫なで声で連呼する。

 だから猫は、わたしの肩の上。
 だから父は、わたしの肩のすぐそばに顔を寄せる。

「パパ、おなか。おなか当たってる!!」

 なにがいやかって、あーた。
 父の腹が、わたしの背中に当たるんですよ!! 腹が出てるもんだから、他の部分が触れなくても、腹だけは当たってしまうのよ!
 想像してみてよ、あなたの「父親」の腹が背中に当たる感触を!!

 うっきゃ〜〜っ。
 気持ち悪い〜〜っっ!

 しかし父はわたしの悲鳴なんぞ無視して、猫なで声で猫を呼びつづける。

 耳元で連発される、ちゅっ、ちゅっ、という音。

 なにがいやかって、あーた。
 父のチューの音が、わたしの耳元でするんですよ!! 

 想像してみてよ、あなたの「父親」のチューを!!

 おぞぞぞぞっ。 鳥肌。

 もちろん猫も心底嫌がって、必死の形相で顔を背けています。わたしの肩の上で、不自由そうに身をよじっています。

「パパ、それってセクハラだよ」

 愛に夢中な姿は、こうも滑稽に映るのです。溜息。

 

一家団欒。

2004年1月24日 家族
 父は人の話を聞かない。

「明日、氷点下だってよ」
「えー。はるばるムラに行くときに限ってどーしてそんな気温になるのよー」
 てな会話を母とわたしがしていると、
「宝塚か! もうずいぶん宝塚には行ってないな。あの川の見えるレストランはまだあるか?」
 などと、横にいた父が会話に加わってくる。
 そして、ひとしきりひとりで喋ったあと、お約束のよーに、

「で、明日、こあらは家にいるんだな?」

 と、ボケてくれる。

「明日はその宝塚に出かけるっちゅーとるやろーがっ」

 と、仕方がないのでお約束のツッコミを入れる。
 この場合の「お約束」とは、いわゆる「お笑い」のお約束ではない。

 「人の話を聞く気はないが、会話にまざりたがる」父との「お約束」ツッコミなのだ。

 父にもらったタダ券で、弟とふたりで『ラスト・サムライ』を見てきたときもそうだ。
 前日から、『ラスト・サムライ』を見に行く話をし、
「そうか、これから『ラスト・サムライ』を見に行くのか!」
 と言う父に見送られて、家を出たというのに。

「とにかくいろんな意味で、アメリカ的な映画だったよな」
「そこはほれ、『人魚姫』をハッピーエンドに作りかえちゃうお国柄ですから」
 てなふーに、『ラスト・サムライ』の感想を話していると、いつものよーに父が会話に混ざってくる。
「映画、見てきたのか。おもしろかったか」
「ツッコミどころは満載だけど、まあ、とりあえずたのしかったよねえ?」
「……うーん、まあ、おもしろかった、かな? ぼくはツッコミの方が多くてどうかと思うけど」
「日本が舞台なんだろう?」
「日本に似た別の国。西郷に似た人や大久保に似た人が出てるけど、あくまでも別の話」
「明治天皇も出てくるけど、明言は一切してないしね」
 てなふーに、さんざん3人で会話したあとで。

「で、今日はなにを見てきたんだ?」

 と、お約束。

「だから、『ラスト・サムライ』を見てきたと言うてるだろうっ!」

 と、お約束。

 そして、今日もまた。

 NHKのからくり人形の番組を、父が見ていた。
 緑野家の居間のテレビのチャンネル権は、父のモノである。民放を軽蔑している父は、基本的にNHKしか見ない。
 従って、緑野家の家族団らん時には、いつもNHKが流れている。

 からくり人形。
 不気味な笑顔を浮かべる古い人形たちを見て、『零』のことやホラーなことをいろいろ考えたし、もちろん『からくりサーカス』のことも考えたが、それとは別に、実体験に基づく記憶もよみがえった。

 なんかコレ、知ってるぞ。
 見たことある。
 たしか、弟の学園祭で見た。

 ヨーグルトを食べながらわたしがそう思っていると、隣で同じようにヨーグルトを食していた弟が、

「段返り人形か……これだけはどうしても作れなかったな」

 と、つぶやいている。

 そう。弟は大学のゼミで、江戸時代の玩具やからくり人形を作っていたのだ。(江戸時代のコスプレしてお伊勢参りしたりと、変なゼミだよ)

 テレビではちょうど、その「段返り人形」とやらが紹介されていた。
 子どもの姿をした小さな人形が、とてもリアルな動作ででんぐり返りしながら、段を下りていく。

「ほう、こんなものも作ってたのか」
 と、まざりたがりの父はすぐさま会話にくちばしを挟む。
「だから、コレは作れなかったんだってば。中に入れる水銀が手に入らなくてな」
「水銀ってたしか、取り扱うのに資格がいるのよね?」
 と、母も会話にまざってくる。
「そう。劇薬だからってことで、許可が下りなかったんだ。それでどうしても、作れないままに大学生活が終わった」
「水銀ってことは、液体を移動させることで、重心を移動させて動かすからくりってこと?」
 と、わたし。
「そう……だったんだけど」

 画面では、段返り人形の仕組みの話になっている。
 バネやギアなどは使われていない……ではどうやって動いているのか?! てな引き。

 なんと、水銀を使っているのです!!

 そこで父、お約束。

「ほほう、水銀かあ!!」

 今さっき、水銀の話したじゃん!! あんた聞いてたじゃん!

「水銀が移動することで、重心が変化するから、動くのか!」

 今さっき……以下略。

 人の話を聞く気はないが、いつも会話にまざりたくてうずうずしている父。
 そして、要領よく話をまとめることができないのに、父の茶々入れにいちいち反応して論点のずれた広大な物語を話し出す母。
 もちろん、母の語りの冒頭部分で、父は自分が言ったことなど忘れてまったく聞いていないので、母の長大な講釈はただ空間にだらだらと吐き出されるだけ。とてもうるさい。

 考えてみれば、似合いの夫婦だ……。

 しかし、わたしも弟も会話は会話として機能することをのぞんでいるので、彼らの意味のない茶々入れと長演説がはじまると、逃げ出すことにしている。

 人生は短すぎる。

 

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