未来への希望を込めて。@宝塚音楽学校第105期文化祭
2019年3月1日 タカラヅカ 宝塚音楽学校第105期文化祭覚え書き、その4。https://koala.diarynote.jp/201903040144591770/からの続き。
ポピュラー・ヴォーカルを観て思った。
今年は歌苦手な子が多いのかな、と。
なんか、ソロで歌わせてもらってる子、少なくない?
「小さな花がひらいた」「美麗猫(ミラキャット)」「Carnaval de Rio!!」とまとまったソロパートなしに大勢で歌う……ことで、ポピュラー・ヴォーカルを済ませた子がかなり多い……。
ヘタでも全員が一度はひとりで歌う、のが文化祭かと思っていたけど、最近は「歌えない子には歌わさない」方向になったのかな。数年前からこんな感じになってきたような。
宝塚歌劇団が、歌を重視しはじめた頃と一致する、かな?
まとまったソロがないと、誰が誰だかわからぬ。
「美麗猫(ミラキャット)」に、かわいい子がいたんだ、にゃんこポーズに萌えたぞ、あれは誰だ。
「幸せの鐘の鳴る日」を最初に歌った福嶋さん、えりたんっぽくて目が行く。
サスペンダーが別のモノに見える。ほら、刑事がピストルをジャケットの下に吊してるアレ。ヅカの男役なら一度はやるよね、てな姿。萌え。
3人で順番に登場して歌うんだけど、あとになるほど歌の実力も下がっていく感じ。あとのパートの方が歌いにくいとかあるのかな?
ところでわたし、「君の名を呼べば」が大好きで! 『エンカレッジ・コンサート』でもこの曲がセトリに入ってるとテンション上がる。
曲が美しくてドラマティックで、そしてなんといっても、「美しいタカラヅカ」が凝縮された曲だと思う!
歌うのは上川さん。クラシック・ヴォーカルで美声を披露したお嬢さん。
オペラの曲は、うまいわねえ、きれいなお嬢さんねえ、と思うだけで特に印象に残らなかったのだけど。
上川さん、すげーいい!
きれいでドラマのある歌声。
ソロで力強く物語を響かせたのち、男役のライスくんが登場すると、がらりと変わってハモりに徹する。
いいわー、これぞタカラヅカの娘役だわー。
上川さんのお芝居が観てみたい、とプログラムをチェックしたけど、残念、お芝居は観られない方の組だった。
まあその、この曲歌った人のことは大抵好きになるので、曲を好きすぎるせい、てのはあるかもしんないけど。
ふたりとも良かったわ。
そして、ついに松岡さん登場。曲はこれまたハズレなしの名曲「未来へ」。なんでハズレなしかというと、文化祭のこのパターン(「君の名」「未来へ」「リオ」「ブエノスアイレス」「エル・アモール」という鉄板プログラム!)において、この曲を歌ってアレレになる人は、たぶんいないからだ。
コンサートの中詰め、それまでソロなし、ひとりで登場してしばらく歌っても途中で誰か出て来るから、ソロ歌手扱いはない。
そうやってグループ戦で展開してきての、中詰め。
満を持してのソロ歌手登場!
感動曲「未来へ」を歌い、途中から出演者全員のコーラスになる……! これでもかとお膳立てされた、感動必至の演出。
それで一旦流れ終了、お祭りソングの「リオ」を入れて、クライマックスへ向かう、タカラヅカのショー作品と同じ方程式。
ちなみに、ほぼ同じセトリの101期ではこってぃが「未来へ」を歌ってる。
んで、松岡さんの歌唱を聴いて。
いちばん強く思ったことは、「よかった」だった。
優良の「良かった」ではなく、「助かった、ほっとした」の意味。
や、優良じゃないっつっても、良くないわけではなくて。
うまいヘタでいうと、まあうまい?ぐらい? すごくうまいわけでも聴かせるわけでもないけど、ヘタじゃない。
演出が浮かないくらいに、ふつうに歌えている。これくらいうまければ十分じゃ?てなあたり。
よかったよおお。
こんだけマスコミで持ち上げられて、タカラヅカ向きの出自と容姿をしていて、もしも、目も当てられないほどヘタだったら……?
ソレ、本人も劇団もファンも、つらすぎるじゃん……?
実力なんか関係なく注目されて、このまま世間が騒ぎ続けるのなら否が応でもトップスターになる、しか道がない人なのかもしれないわけで。
七光りなんてなんのその、実力で疑問の声を黙らせるほどの天才っ!! ……なら、なんの問題もないけど。
天才なんて、そうそう現れるもんじゃないからなあ。
特に、「出る杭は打たれる」この時代、「よいものを創る」より「苦情を言われないモノを創る」ことに心血を注ぐ風潮の中で、突出した才能は具現しにくいと思ってますのよ。
だから、最初から「松岡さんは天才ではない」と思うところから眺めているわけで。や、もちろん、天才だったらうれしいけど。
天才的な実力はなくても別にいい。問題は、世間の期待に見合う実力が、まったくなかった場合。
劇団は「トップにする」と決めたら、なにがなんでもトップにするのよ。音痴でも大根でも劇場が空席だらけになろうと、本人がどんだけバッシングされようと、トップにする子はトップにする。
「松岡修造の娘だから」という理由だけで、実力皆無のスターの舞台を、あと10年強、ヅカヲタはずーっと観続けることになるのよ。え、それなんの苦行?
わたしはタカラヅカが好きで全組まったり眺める派だから、「嫌なら観なければいい」はナイ、どんだけ音痴で大根がスター扱いされていても、絶対観る……けど、音痴も大根も嫌だ~~。
松岡さんが、ヘタではありませんように。
願うことは、そのひとつだけだった。
天才とか超歌ウマとか芝居巧者とか神ダンサーとか、そんなゼイタクなことは望まない、ヘタでなければいい……!
容姿は恵まれてるから心配してない、顔は好き、だからあとは実力。
「そもそも舞台人向いてないのでは?」なんて人ではありませんように。
……だったもので。
ヘタじゃない、わりとうまい、というだけでもう、救われた思いがしました。
助かった、ヘタじゃない、文化祭でこれだけ歌えていれば十分だ、よかったーー!!
だってまだ学生だし、世間の期待とか雑音もいっぱいあるなかで、なにやったって「七光りでしょ」でナナメに見られたりするかもしんない中で、こんだけちゃんと出来るんだもん、すばらしいっす。
ふつうのタカラジェンヌにはない苦労が山積みだろうけど、どうかこのまままっすぐに成長して欲しい。
そして、大輪の華を咲かせて欲しい。
「文化祭観て、ヘタでなくてよかった、なんて見当外れのこと言ってごめん、こんなにうまくなる人だったんだ、才能は本物だったんだ!」と、言わせて欲しい。
続く。
ポピュラー・ヴォーカルを観て思った。
今年は歌苦手な子が多いのかな、と。
なんか、ソロで歌わせてもらってる子、少なくない?
「小さな花がひらいた」「美麗猫(ミラキャット)」「Carnaval de Rio!!」とまとまったソロパートなしに大勢で歌う……ことで、ポピュラー・ヴォーカルを済ませた子がかなり多い……。
ヘタでも全員が一度はひとりで歌う、のが文化祭かと思っていたけど、最近は「歌えない子には歌わさない」方向になったのかな。数年前からこんな感じになってきたような。
宝塚歌劇団が、歌を重視しはじめた頃と一致する、かな?
まとまったソロがないと、誰が誰だかわからぬ。
「美麗猫(ミラキャット)」に、かわいい子がいたんだ、にゃんこポーズに萌えたぞ、あれは誰だ。
「幸せの鐘の鳴る日」を最初に歌った福嶋さん、えりたんっぽくて目が行く。
サスペンダーが別のモノに見える。ほら、刑事がピストルをジャケットの下に吊してるアレ。ヅカの男役なら一度はやるよね、てな姿。萌え。
3人で順番に登場して歌うんだけど、あとになるほど歌の実力も下がっていく感じ。あとのパートの方が歌いにくいとかあるのかな?
ところでわたし、「君の名を呼べば」が大好きで! 『エンカレッジ・コンサート』でもこの曲がセトリに入ってるとテンション上がる。
曲が美しくてドラマティックで、そしてなんといっても、「美しいタカラヅカ」が凝縮された曲だと思う!
歌うのは上川さん。クラシック・ヴォーカルで美声を披露したお嬢さん。
オペラの曲は、うまいわねえ、きれいなお嬢さんねえ、と思うだけで特に印象に残らなかったのだけど。
上川さん、すげーいい!
きれいでドラマのある歌声。
ソロで力強く物語を響かせたのち、男役のライスくんが登場すると、がらりと変わってハモりに徹する。
いいわー、これぞタカラヅカの娘役だわー。
上川さんのお芝居が観てみたい、とプログラムをチェックしたけど、残念、お芝居は観られない方の組だった。
まあその、この曲歌った人のことは大抵好きになるので、曲を好きすぎるせい、てのはあるかもしんないけど。
ふたりとも良かったわ。
そして、ついに松岡さん登場。曲はこれまたハズレなしの名曲「未来へ」。なんでハズレなしかというと、文化祭のこのパターン(「君の名」「未来へ」「リオ」「ブエノスアイレス」「エル・アモール」という鉄板プログラム!)において、この曲を歌ってアレレになる人は、たぶんいないからだ。
コンサートの中詰め、それまでソロなし、ひとりで登場してしばらく歌っても途中で誰か出て来るから、ソロ歌手扱いはない。
そうやってグループ戦で展開してきての、中詰め。
満を持してのソロ歌手登場!
感動曲「未来へ」を歌い、途中から出演者全員のコーラスになる……! これでもかとお膳立てされた、感動必至の演出。
それで一旦流れ終了、お祭りソングの「リオ」を入れて、クライマックスへ向かう、タカラヅカのショー作品と同じ方程式。
ちなみに、ほぼ同じセトリの101期ではこってぃが「未来へ」を歌ってる。
んで、松岡さんの歌唱を聴いて。
いちばん強く思ったことは、「よかった」だった。
優良の「良かった」ではなく、「助かった、ほっとした」の意味。
や、優良じゃないっつっても、良くないわけではなくて。
うまいヘタでいうと、まあうまい?ぐらい? すごくうまいわけでも聴かせるわけでもないけど、ヘタじゃない。
演出が浮かないくらいに、ふつうに歌えている。これくらいうまければ十分じゃ?てなあたり。
よかったよおお。
こんだけマスコミで持ち上げられて、タカラヅカ向きの出自と容姿をしていて、もしも、目も当てられないほどヘタだったら……?
ソレ、本人も劇団もファンも、つらすぎるじゃん……?
実力なんか関係なく注目されて、このまま世間が騒ぎ続けるのなら否が応でもトップスターになる、しか道がない人なのかもしれないわけで。
七光りなんてなんのその、実力で疑問の声を黙らせるほどの天才っ!! ……なら、なんの問題もないけど。
天才なんて、そうそう現れるもんじゃないからなあ。
特に、「出る杭は打たれる」この時代、「よいものを創る」より「苦情を言われないモノを創る」ことに心血を注ぐ風潮の中で、突出した才能は具現しにくいと思ってますのよ。
だから、最初から「松岡さんは天才ではない」と思うところから眺めているわけで。や、もちろん、天才だったらうれしいけど。
天才的な実力はなくても別にいい。問題は、世間の期待に見合う実力が、まったくなかった場合。
劇団は「トップにする」と決めたら、なにがなんでもトップにするのよ。音痴でも大根でも劇場が空席だらけになろうと、本人がどんだけバッシングされようと、トップにする子はトップにする。
「松岡修造の娘だから」という理由だけで、実力皆無のスターの舞台を、あと10年強、ヅカヲタはずーっと観続けることになるのよ。え、それなんの苦行?
わたしはタカラヅカが好きで全組まったり眺める派だから、「嫌なら観なければいい」はナイ、どんだけ音痴で大根がスター扱いされていても、絶対観る……けど、音痴も大根も嫌だ~~。
松岡さんが、ヘタではありませんように。
願うことは、そのひとつだけだった。
天才とか超歌ウマとか芝居巧者とか神ダンサーとか、そんなゼイタクなことは望まない、ヘタでなければいい……!
容姿は恵まれてるから心配してない、顔は好き、だからあとは実力。
「そもそも舞台人向いてないのでは?」なんて人ではありませんように。
……だったもので。
ヘタじゃない、わりとうまい、というだけでもう、救われた思いがしました。
助かった、ヘタじゃない、文化祭でこれだけ歌えていれば十分だ、よかったーー!!
だってまだ学生だし、世間の期待とか雑音もいっぱいあるなかで、なにやったって「七光りでしょ」でナナメに見られたりするかもしんない中で、こんだけちゃんと出来るんだもん、すばらしいっす。
ふつうのタカラジェンヌにはない苦労が山積みだろうけど、どうかこのまままっすぐに成長して欲しい。
そして、大輪の華を咲かせて欲しい。
「文化祭観て、ヘタでなくてよかった、なんて見当外れのこと言ってごめん、こんなにうまくなる人だったんだ、才能は本物だったんだ!」と、言わせて欲しい。
続く。
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