『TOP HAT』があまりに楽しかったので。

 この楽しい物語を根っこにおいて、もっと「タカラヅカ」なモノを作れないかな、と考える。

 だって、楽しいことは楽しいけど、所詮海外ミュージカルだもん。
 わたしは海外ミュージカルを、あまりありがたいと思ってない。大劇場本公演でショーと2本立てで上演される、オリジナル芝居作品こそが、いちばん大切にしなければならないヅカの文化だと思う。
 海外ミュージカルに大好きなモノもたくさんあるけど。『TOP HAT』だってものすごく楽しくて笑えて泣けたけど。それとは別の話。

 『TOP HAT』を下敷きに、ヅカ用芝居を考える。

 『TOP HAT』は楽しかったけれど、ヅカ的に視点でもっとも大きな問題は、キャラ設定。

 『TOP HAT』、『ME AND MY GIRL』、『ガイズ&ドールズ』ってなんかキャラ配置がかぶるなあ。
 主人公-男前、ヒロイン-若い美女
 主人公の友人-ヒゲのおっさん・ヘタレ・三枚目、その相手役-こわい系のおばさん・三枚目
 主人公を引き立たせるためなんだろうけど、主人公カップルだけ美男美女で、2番手カップルは中高年のお笑い(+ほっこり)担当って。きれいじゃない、若くないカップルだからこそ泣けるとか「いい話」になったりするのはわかるけど、ヅカ的じゃない。
 こーゆーとこがほんと、海外ミュージカルの大きなネックよね。

 タカラヅカは新陳代謝と番手制度がある。このシステム上、ほとんどの場合、トップスターよりも2番手以下が年下だったり下級生だったりする。
 主人公が若者で、2番手役が年配だったりすると、なかなか不自然な姿になる。若者らんとむと、彼を拾った中年男みりお、とか、純情可憐な少年水しぇんと、百戦錬磨の大人のダンディキムとか、「若者主人公と大人2番手」が大変な異世界を作りだしていたよな。
 ヅカでは、主人公と2番手役は、同世代であるべき。

 『TOP HAT』の主人公ジェリーと、その友人ホレスは同世代なのかもしれないが、描き方が「現役はジェリーのみ、ホレスはロートル」になっている。や、「素敵なのはジェリーのみ、ホレスはお笑い担当」と言い換えるべきか。

 タカラヅカは男役がカッコよくてナンボだから、こーゆーキャラ分けはしない。
 かっこいい男性のタイプは、いくらでもある。
 ジェリーもホレスも今が旬のイケメン。おっさんでも恋愛可能範囲外の三枚目でもない。
 ただ、ふたりはタイプがチガウ。
 ジェリーはスターらしく、チャラめの強引男。恋愛経験はそれなりに華やか、女の子にはいつもきゃーきゃー言われてるけど、本当の恋はまだ知らないの系。 
 ホレスはイケメンだが、基本真面目な仕事人間。ヒゲの代わりにメガネ着用でいいんじゃね? 女性には不器用で、新婚の妻ともすれちがいがち。

 ヒロインのデイルは、ジェリーが一目惚れするくらいだからもちろん、あでやかな美女。
 その友人でホレスの妻であるマッジは、デイルと同世代の若い女の子。仕事仕事でほったらかしになっているので、その不満からデイルについ、ホレスが悪い男であるかのよーなことを言ってしまう。

 マッジを変な声の悪妻・恐妻にする必要なし。
 専科さんか男役が演じそうなおばさんの役が準ヒロインってのは、ヅカ的に大きくチガウ。
 ヒロインに次ぐ大きさの女性役なんだから、ふつーに路線娘役が演じておいしい役であるべき。
 デイルがきれい系なら、マッジはかわいい系とか。デイルが素直な女性なら、マッジはちゃっかり系とか。いくらでも、キャラを立てられる。
 重要なのは、どちらも若くキレイな女性であること。

 2組のカップルが誤解で大混戦! しかも主人公はスターダンサーで、ヒロインはモデル、もう1組のカップルも業界人でお金持ち、という華やかな道具立て。
 これだけで90分十分みっちり埋められる。ショーシーンを自在に入れられるもんな。

 加えて、3番手男役にもオイシイ役。
 ヒロインに横恋慕するデザイナー役。横恋慕というか、そもそもこっちが先にアプローチしてた(相手にされてなかった)わけで。

 もちろんこの恋敵のアルベルト役も、ヒゲのお笑い芸人なんかじゃない。
 ふつーにイケメンだ。派手でキザ男だとしても、常識の範囲。

 『TOP HAT』のアルベルトがあまりに酷い描き方なのは、「はじめから論外、こんなキモチ悪い男には、どんな酷い扱いをしてもいい」という理由付けのためだろう。
 主人公たちに酷い目に遭わされる当て馬に、同情票が行かないようにという、計算ゆえ。
 彼はいわば被害者なんだが、「アルベルト可哀想! デイルはバカだわ、アルベルトを選んだ方が幸せになれたのに!」と、観客に1%でも思わせちゃいけない。
 観客は全員ジェリーの味方で、デイルがアルベルトとの結婚を決めたときに「ダメよデイル!!」とハラハラする……観客の視点・意識の統一のために、当て馬は徹底的にキモ男として描く必要があった。

 が、ヅカではそんなもんいらん。
 ある意味、「当て馬と結ばれた方が良かったのに!」と思う層がいてもいいんだ。
 ジェリーも素敵だけど、アルベルトも素敵だったなー。……そう思わせていい。

 ただし、アルベルトをドリフや新喜劇的に描いているからこそ、「結婚無効」という力技のオチがまかり通るのであって、彼をふつーの二枚目にする場合は、もうひとひねり必要。
 『PUCK』のダニエルが、子どもの頃からずーーっと想い続けたハーミアに振られても、ハーミアが悪者にならないのは、ダニエルが「間違った手段」で愛を得ようとしたためだ。
 アルベルトがなにかしら悪い方法でデイルを得ようと画策した、というちょっとした追加要素必須。
 「愛ゆえに強引な方法を取ったイケメン」は許されても、「なにも悪くない、善良なキモい不細工」は、ヅカの方法論的には許されないんだ。(繰り返すが、現実の話じゃないよ、ヅカの世界観論理においてだよ)

 トップから3番手まで、それぞれ恋愛要素がっつり、女の子は娘役2番手まであるし、なによりオイシイ執事役もあるし、舞台をロンドンとベニスと2箇所に分けず、1都市にしておけば、脇にも通し役をいろいろ作れるはず。

 骨組みだけ借りて、まったく別のモノ。
 その昔、太田せんせが「入れ替わる2組のカップル」ネタで何本も書いていたように。
 『Ernest in Love』というブロードウェイミュージカルがあってなお、「ヅカオリジナルですがナニか?」と『アリスの招待状』を上演するようなもんっすね。

 『TOP HAT』を否定するわけではなくて。
 『TOP HAT』が楽しいから、面白いから、これをさらに「タカラヅカ」的に「オリジナル作品」にしてしまえば、もっと面白いのにな。
 と、思ったというだけです。

 『TOP HAT』がきちんと面白かったからこそ、これだけいじりまわせるんだ。
 メガネのイケメンかいちゃんが、ここぞというところでメガネを取ってかわいこちゃんとラブシーン、キザ美形の愛ちゃんが強引愛展開……そんな画面を脳裏に描きつつ。
 ありがとー、アタマの体操楽しかった!

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