ふつうに食事をしていた母が、突然泣き出した。
「なんであたし、ごはん食べてるんだろう。おとんが食べられないのに。なんでおなかすくんだろう。おとんが食べられないのに」
 そんな意味のことをくり返しながら、ぼろぼろ泣き出した。クチからもお茶碗からも、ごはんがぼろぼろこぼれて落ちた。
 子どもみたいに、ぼろぼろぼろぼろ、あぐあぐえぐえぐ、泣き出した。
 わたしは思わず、母の肩を抱いて、耳元で言った。

「明日、タカラヅカを観に行こう」

 えぐえぐ泣き続ける母に、言い続けた。

「タカラヅカを観に行こう。明日はなにもかも忘れて、きれいなものを観に行こう。おいしいもの食べて、一日遊ぼう。ね? おとんも許してくれるよ」

 その頃の緑野家は、ぐちゃぐちゃで。
 父は余命宣告されてるし、クチからモノを食べられなくなって半年以上経ってるし、仕事と家事と看病とで、母は限界に来ていた。
 わたしは人生でいちばん過酷な仕事状況で、父の病院への行き帰りだろうと、自分の入院中だろうと、愛猫の火葬の間すら、PC持ち込みでずっと仕事してた(そのあと、父の葬式の夜も、仕事してたなー……)。肉体的にも精神的にも、かなり限界だった……と、今は思う。当時は自覚してなかった。でも、たまに劇場で会う友人が、わたしの顔を見るなりぎょっとして、「体調大丈夫?」と聞いてきたりしていたから、相当悲惨な顔して生きてたんだろうと思う。
 弟は黙々と、自分のなすことをし、経済的に家を支え、職場と父の病院を行き来していた。

 なんかもう、いろいろと、無理。

 ごはんクチからこぼしながら泣き出す母が、その象徴だろう。
 無理。
 現実に、押しつぶされる。
 崩壊する。

 そんなときに。

 タカラヅカを観に行った。

 わたしはどんだけ忙しくても劇場には通っていたので、タカラヅカは「日常」の範疇だ。
 わたしにとっての日常、欠けてはならないモノ。
 それでいて、母にとっての「非日常」。なんかトクベツで、キラキラしたもの。
 自分のテリトリーで、母をエスコートすることが出来る……だから、今、タカラヅカ。

 今の重すぎる日常を離れて。
 よそ行きの服を着た母と阪急電車に乗って、宝塚へ。
 あちこちに貼ってあるポスター、ほら、今から、これを観に行くのよ。
 きれいね。ゴージャスね。
 道すがら、テンション上げて。

 公演は、『銀河英雄伝説』
 一本モノだしSFだし、母に理解出来るとも思えなかったけれど。
 チラシを渡して、説明する。
 この人が、トップスター。「おうき・かなめ」さん。この公演から、宙組のトップスターになったのよ。
 きれいね。ゴージャスね。
 未来を舞台にしたSFだけど、難しく考えなくていいから。こっちが銀河帝国、皇帝とか貴族とかがいる、身分制度のある国。こっちは同盟軍、民主国家で、イメージ的にはアメリカって感じ? このふたつの国が戦争しているの。主人公は帝国側ね、悪い政治をしている皇帝を倒し、自分の力で新しい世界を築こうとしているの……てな、そんなざっくりした説明だけして。
 母はふんふん聞いていたけれど、理解していたかどうか。
 そんなことより、ひさびさのお出かけ、ひさびさのタカラヅカにワクテカ。

 当日券で観劇して。

 『銀河英雄伝説』。
 かなめくんの、トップお披露目公演。
 美貌のトップスターと、選りすぐりの長身イケメンたち。
 新しい組、新しい時代。
 満を持したビッグタイトル、未来へ飛翔する若き英雄の物語。

 それはもう、きらきらきらきら、輝いていて。

「きれいね。きれいね……」

 よくわかんなかったけれど、きれいだったわ。
 語彙もなく、そんな感想を繰り返す母と食事して、買い物して。
 ゆっくりしていくはずが、やっぱり父が心配だからと早めに帰路について。

 タカラヅカを観に行こう。
 あのとき観に行ったのが、『銀英伝』。そして、凰稀かなめ。

 はじまる。
 その予感に、まぶしい黄金の翼に、目がくらむ思いだった。


 そんなことを、思い出していた。
 映画館で『凰稀かなめラストディ』を観ながら。

 あれは、ついこの間のことのよう。
 あの頃は、まだ父がいた。まっつだっていた。
 わたしは奇跡を信じ、毎日無我夢中で生きていた。来年も再来年も、家族と迎える日々を、当たり前にタカラヅカを観てわくわくしていられる日々を信じて、目の前の現実と闘い続けていた。
 母の肩を抱いて、「タカラヅカを観に行こう」と言った。言えた。タカラヅカがあって良かった。
 かなめくん。
 美しいあなたがいて、母が「きれいね」とよろこんだ。

 それはどれほど、救いだったろう。

 宙組がゴージャスで「タカラヅカ!」って感じで、SFがわかんなくてもショーがなくても羽根がたくさんなくても、それでも「タカラヅカだわ、きれいね、豪華ね、来て良かった」そう思わせてくれることが。

 救いだった。
 癒しだった。


 これからも、ずっとずっと、忘れない。
 泣いた母を連れて、すりきれそうな心を抱えて、劇場に行ったこと。
 そこで、黄金の髪を輝かせた、かなめくんがいたこと。

 あのとき、劇場で感じた光を。


 卒業してしまうんだね。いなくなるんだね。終わるんだね。
 さみしいな。
 お披露目公演の光を、笑顔を、思い出しては切なくなる。
 さみしいよ。
 ありがとう。
 ありがとう。
 さみしいよ。
 ありがとう。

コメント

日記内を検索