こわい、と、すごい、は同じかもしれない。
 12時公演で喉を痛めたまっつは、その日の16時公演で、ずいぶん回復していた。
 台詞声はほぼ問題なし。そりゃあファンにはわかるし、「喉やっちゃったらしいよ」と予備知識のある人にはわかると思うけど、初見の人には気にならないレベルだろう。
 12時公演であれだけの状態だったのに、たった1時間ちょっとでここまで持ち直してくる、って、どんだけ強引な手当をしたんだろう。その後の身体への影響よりも、今この瞬間を考えての治療をしたんだろうなと思った。

 『ブラック・ジャック 許されざる者への挽歌』は、ドラマシティ千秋楽前日に急転した。
 16時公演では、まっつソロにはユニゾンのカゲコーラスが付けられていた。声量がない分の底上げ。
 語りかけ系の歌は歌詞の朗読に。
 それでも「かわらぬ思い」だけは絶対に歌っていた。
 すごい気迫だった。

 16時公演は初見の人と一緒だったんだけど、「まっつの調子が悪いことはわかるけれど、だからどうと思うほどではない、すごくいい公演だ、楽しい!」と言っていた。
 初見の人が楽しめるくらいに、舞台として成立していたらしい。どこが歌で、それが台詞になっているとか、初見の人にはわかんないもんな。


 翌日の17日、千秋楽はさらに舞台もまっつの調子も落ち着いていた。
 台詞声なら問題なし。
 怒鳴り芝居だった部分は変更。怒鳴るのではなく、鋭く太い言い方に変わっている。
 あとは歌だけ。

 オープニングの主題歌はカゲコ付きでソロ、ピノコへの最初の歌は歌詞朗読、2曲目はラストだけ台詞に変更、バイロンとの掛け合いはそのまま。1幕ラストは最初のソロにカゲコ(大きめ)付き、ピノコへの歌はカゲコ付きで少し歌い、半分は朗読、最後のソロは合唱になっていた。
 2幕の2曲は最初だけ歌ってほとんど朗読(カゲコ有り)、芝居ラストの「かわらぬ思い」だけそのまま、フィナーレの方はカゲコ付き。

 歌部分で、全力のフォローが付いていた。
 また、歌詞の朗読にしても、表現として突破口を見つけた様子で、「最初からここは台詞ですがなにか?」的な突き抜け感があった。

 芝居だけで言うならば、わたしの耳にするすべての人が「今の方がいい」と言っているように、アクシデント後の方がいい。
 BJが怒鳴り散らす必要を感じていなかったんだ。怒鳴らないで怒りや苛立ちを表現する今の方がずーーっといい。

 唯一物足りないと思うのは、飛行機に乗れずに自宅へ戻ってきたとき、不審な紙袋を不用意に手に取るピノコへ制止の声かな。あそこは怒鳴る方がピノコのリアクションも含め、説得力がある。
 怒鳴った方が「らしい」ところで、怒鳴る代わりの声がやたらと「美声」でツボった。鋭い通る声を出すもんだから、無意味に美声(笑)。


 なんとか、ドラマシティ公演は乗り切った。
 しかし、中4日空けただけの青年館公演がどうなるかは、わからない。

 不安を抱きつつも、無事に幕が下りたことに安堵する。
 ただの安堵じゃない。
 声が出なくなった回を観ている者としては、「よくぞここまで……!」という感動がある。


 苦節15年、ようやく掴んだはじめての芝居での主演。はじめての東上。
 あこがれたヤンさんの代表作、代表歌を、大好きな演出家の書き下ろしで演じる。タイトルロール、ヒロインも正2番手もいない(プログラムの写真掲載を基準とする)、まさに比重半端ナイ興行構成。
 それでも堂々と主演を務め、好評価を得ていたときに。

 自らのアクシデントでつまずく、って。

 どんだけくやしいだろうと思う。
 舞台人として、あってはならないこと。己れの不調で興行に水を差すなんて。
 神ならぬ身だからアクシデントは起こりうる。それはわかった上で、やはり、あってはならないこと。

 申し訳ないと思っていても、それを口に出すことは許されない。出演者は、観客に謝ってはならない。その方がはるかに失礼だ。
 持てる限りの力を振り絞った。今できることのすべて、最上のものを見せた。それがライブ。たくさんの素材から編集し、「最高」にした映画ではないところ。
 アクシデントごと生の舞台というものだと認識しているが、それにしたって、もっともつらいのはまっつ本人だろうと思う。

 こんな千秋楽を迎えるとは、思ってなかった。

 まっつの実力には安定と信頼しか抱いていないので、心配なのは作品が駄作かどうか、好みかどうか、だけだったもん。
 『ロミオとジュリエット』で喉の調子が悪かったとは言え、ファルセットが出なかったのは数日、あとは調子が悪かろうがどうしようが、技術で歌いきっていた。
 歌いまくり踊りまくりの初主演『インフィニティ』も問題なし。
 熱があったという『フットルース』初日も、原作者に大絶賛される出来映え。
 人間なんだから体調の上下はあるだろうが、まっつはそれに左右されない実力があった。多少の不調は、技術でカバーできた。観客にわからないレベルを保てる人だった。

 そんな人が、技術でねじ伏せられないほどの不調になるなんて。

 そこから、わずかの間に立て直した。
 初見の人には「最初からこうですよ」と言えるほどに。

 どんだけの精神力。
 努力と覚悟。

 まっつだけでなく、共演の雪っこたちも、よく演じきった。
 すごいな。
 ほんとうに、すごいと思う。

 舞台がナマモノであるこわさ。
 そして、舞台がナマモノである、すごさ。

 人間の力の、すごさ。

 舞台が総合芸術であり、人智の結集だっての、わかるわ……。
 あらゆるものが、そこにある。詰まっている。

 ただもお、固唾を呑んで、見守るばかり。


 しかし千秋楽の日は、前日と違って、まっつはカテコでちゃんと通常通り喋っていた。
 16日はいつもの「挨拶にプラスしてもうひとこと」が一切なかった。
 感謝の言葉と、この公演を「やり遂げること」のみを口にしていた。

 それが、楽の日は元通り、「プラスしてもうひとこと」を言っていたし、千秋楽のカテコではよく喋り、最後の緞帳前で「みなさんも流行らせてください、『バイバイロン』」としれっと言って引っ込むという、「まっつ!!」な姿を見せてくれた。

 なんというか。

 強い、人だ。

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