「言葉は大切である」
 ってのは、過去の正塚作品でもさんざん語られてきたこと。
 言葉というか、「相手に伝えようとする意志」かな。

 言葉にして伝えなければ、通じないんだ。現実問題。
 「目と目を見れば通じあう」とか「愛し合う宿命だから、言葉はいらない」とか、ありえないから。
 どんな思いも、まず口にしなければ。

 BJ@まっつが、ピノコ@ももちゃんに語る。
「言葉は人間にとって大事なモノなんだ。思いを伝えるのも言葉だ、想像をふくらませるのも言葉だ。そうやってみんな人の心を理解していくんだ」

 また、バイロン侯爵@ともみんにも、BJは同じことを言っている。自己完結して悲劇に浸っていた彼に「本当に彼女を愛しているなら、説得したらどうです」と、まず思いを伝えろと告げる。

 言葉は大切。

 ……って、『ブラック・ジャック 許されざる者への挽歌』の中で、実は痛感しているのは、こんな「いい話」の部分ではなくて。

 ヤクザ@レオくんや真地くんが口にする「ボス」という単語についてだったりする。

 舞台は昭和時代の日本だ。
 レオくんたちが演じているのは、日本のヤクザ。アメリカのギャングだとかイタリアのマフィアではない。

 だけどあえて、「ボス」という単語を使うことで、無国籍風にしている。

 最初に聞いたときに、痛切に思ったんだ。
 「組長」ぢゃなくてよかったっ!!

「組長には俺から言ってやるよ」とか、「こいつはうちの組長のタマを狙いやがったんだ」とか言われなくてよかったっ!!
 正塚でよかった! イシダなら確実に「組長」連呼で、レオくんはハラマキに草履履きだし、真地くんはサングラスに開襟シャツと金チェーンネックレスだわ。
 カイト@咲ちゃんやエリ@あゆみちゃんの行きつけの店では日本語のナツメロが流れているわ。

 昭和時代の日本のヤクザが、組長を「ボス」と呼ぶはずがないし、エリが踊っていた店もありえないんだけど、いいのよ、そんなことはっ。
 リアルな昭和を描く必要なんかない。そんなもん見たくない。それは、どこか別のカンパニーでやればいい。
 正塚の美学ゆえに、昭和テイストが最低限に抑えられていてよかったー。


 もうひとつ、「言葉」のチョイスのすばらしさについて。

 BJの友人の医師・山野@まなはる。
 彼について、説明台詞はほとんどない。
 BJの大学の同級生である、ということのみ。

 医師免許を持たず、悪い噂に事欠かないBJと親しく、彼になにかと便宜を図っている。
 病院の看護師・五条@きゃびいを、友人の個人宅へ送り込み、看護をさせる、って、ひどい公私混同。なんでこんなことができるんだ?
 きゃびい自身がBJを慕い、喜んで従っているにしろ、立場的におかしいことには、変わりない。
 BJが誘拐されている間、病院の設備を使ってピノコの看護をバックアップしているし。
 28歳の若手医師にできることじゃない。
 彼の所属する病院は、どんな病院なんだ? まなはるが勝手をしても平気なの? まなはるはどんな権力者なの?

 しかしまなはる……山野は、医者としてはなんの役にも立たないへっぽこらしい。
 持てあました手術は、BJを呼んで執刀させてセーフ。
 ……ふつーの病院なら、医師免許も持たない外部の人間に手術を手伝わせたりしない。そんな暴挙を通す山野って何者?

 山野は矛盾している。
 ドジでまぬけな愛されキャラ、ならば、病院内で常識はずれの権力を行使するのはおかしい。
 権力者ならば、看護師にも軽んじられるドジっこ扱いはおかしい。

 ただのご都合主義キャラ? ストーリー内の辻褄の合わないところを背負わせるためだけのキャラ?
 へっぽこ医師として笑いを取るし、友情を押し出して「いい話」にする、便利使いキャラ?

 そんな山野についての「謎」は、別の場面で一気に解ける。

 空港でピノコの診断書が必要になったBJが、「山野病院の副院長なら、この子の状態をよくわかっている」と主張する。

 まなはる、二代目なのか!!

 そうなると、前述の謎は、全部辻褄が合う。

 なんにもできないドジっこ、年齢的にもまだぺーぺー、だけど、院長の息子だから、無問題。
 副院長、という肩書きと権力がある。どんだけ無能でも、彼は次期院長様だ。病院の王子様なんだ。
 父の病院の看護師を、友人の家で働かせることもできるし、自分のミスしたオペに、友人の無免許医をピンチヒッターに使うこともできる。

 看護師にナメられてて、「先生の価値はBJ先生の同級生ということだけです」とか言い切られちゃうけど、そりゃそーだ、副院長とは名ばかりのぼんぼんだもん、看護師の方がキャリア豊富。

 手術は下手でも、検査は得意。
 ついでに、社交も得意。日本医師連盟の執行部にもツテがある。情報収集まかせろ、うまく立ち回ります。おぼっちゃまだから、パパの人脈もあるんだろう。

 きっと、人柄の良さで、重篤でない患者からは愛されているんだろう。
 医療技術とは別のところで、病院に必要な「先生」なんだろう。

 「山野病院の副院長」という、ただこれだけの言葉で、台詞で長々解説されなくても、全部わかった。説明が付いた。

 これが植爺や谷なら大変だ、全部台詞で説明するんだろうな。
 カーテン前で山野と看護師が、えんえん説明するの。
 山野とBJの関係、山野のいる病院の成り立ちから、山野の身分、山野と五条の力関係、BJの依頼に対してなにをどのようにするか……ふたりが出てくるたびに同じことをだらだら喋るんだわ。

 過剰な情報は極力シャットアウトし、少ない会話から背景を想像させる「正塚節」だからこその、山野の描き方。

 いやあ、正塚せんせのこーゆーところ、ほんと好きだわー。


 あと、電話で相手の会話が全部想像できるところとか。
 説明台詞はほとんどないのに、なにを言われたからこう返している、てのがわかるのよね。

 1本目の電話、きゃびいは「先生は今どちらに? わからない?」「大丈夫なんですかっ?!」の間に、BJの「誘拐されたんだ」が聞こえてくるようだ。

 2本目の電話、トラヴィス@ホタテの「誘拐ーーっ?! 発信器はお持ちですか?! そんなことより発信機を……っ!!」てなぎゃーぎゃー台詞のあと、いきなり声をひそめて「犯人がいるんですかぁ!!」の間に、BJの「声が大きい」という台詞が聞こえてくるようだ。
 BJは純粋に、トラヴィスの叫び声がうるさいから、耳に痛いから言ったのに、トラヴィスは「犯人がそばにいるから、発信機のことを大声で言ってはいけない」という意味だと捉えた……その空回り感が笑える、という。

 3本目の電話、BJの「私はいつでもいいですが。なんなら今日でも」「そっちが至急って言ったんじゃないですか」「そういうことじゃなくて、あんまりいい話じゃなさそうだから、早く片づけたいだけです」にしろ、「今日?! ええっ? これからですか?!」「明日以降はお忙しいんですか?」てな医師連盟の人@ゆきのちゃん?それともりーしゃ?の声が聞こえるかのようだ。

 うまいなーと思う。
 相手の台詞を全部説明するわけじゃなくて、会話を成立させる。
 正塚せんせのこーゆーとこ好き。

 「言葉」は大切で、おもしろいでゴンス。

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