『銀英伝』という青春語り。
2012年9月1日 タカラヅカ 『銀河英雄伝説』は、青春だった。
まだ若かったわたしと当時の親友は、あきもせずに会うたび『銀英伝』の話をしていた。
本が好きで、長編小説は特に好きだった。
その前はえんえん『グイン・サーガ』の話をしていたっけな。『銀英伝』も『グイン』と同じように、わたしと友人たちのブームになった。
若くて、お金がなくて。
毎週末会って出かける先が、梅田の大型書店だったり、複合施設の中にある図書館だったり。
自分たちの住む市の図書館では満足できず、わざわざ隣の市の中央図書館まで電車に乗って通ったり。
自転車に乗って、近隣の古本屋(ブックオフ等の大型店は存在しない)を何軒も回ったり。
とにかく「本」が好きだった。
素晴らしい本と出会ったら、まず親友に報告し、同じ本を読んで、感動を分かち合う。それが通常だった。
わたしは学校の図書室の常連で、卒業前には表彰されたな、「図書室利用数最多生徒のひとり」って。
や、びんぼーで本が買えず、学校で借りて読む、のが日課だったんだな。
司書の先生たちに気に入られ、サロン的な感じで毎日溜まってた、つーか。
親友は学校が別だったけど、彼女も自分の学校でそんな感じになってたらしいから、本好き少女はどこでも似たよーなことになるみたい。
まあそんな日々で、『銀英伝』は実にいい題材だった。
長いし文字びっしりだから、読み甲斐があるし。
読み込むことでいろんな発見はあるし、たんにキャラに萌えていられたし。
『グイン』がそうであったように、「次の発売日」を楽しみに、展開を予想したりなんだりできて、とても楽しかった。
また、作者の田中芳樹という人が、謎の人で。
『銀英伝』にはあとがきがない。
作者の言葉を読めない。
現代のように、著名人はすべからくブログその他をやって自身の言葉を世界へ発信していたりしない。
『銀英伝』以外書いてないし、どんな人なのかさっぱりわからない。
栗本薫の饒舌さに、最初は喜んでいたけどだんだん失望するようになっていたこともあり、田中芳樹のストイックさを快く思ってもいた。
田中芳樹と富野由悠季が対談する、ちゅーんで、ワクテカ『アニメージュ』だっけかを買ったような?
謎のベール(笑)に包まれた、田中芳樹の言葉が読める!てな。
そしたら、何ページにもわたる対談記事で、喋りまくっているのは富野氏ばかりで、田中氏はその相づち程度しか喋っていなかったというオチ。
ますますわからん、田中氏の人となり。
そんなときに。
親友と電車に乗ってわざわざ行った某図書館。
そこに行けば、『SFアドベンチャー』という雑誌のバックナンバーが読める。
『SFマガジン』も『SFアドベンチャー』も、びんぼーなわたしたちには手が出ない、高価な雑誌だった(笑)。
そこで、田中芳樹のエッセイを見つけた。
見開き2ページだったかな。3段組とかでびっしりと。
はじめて読む、田中芳樹の「小説」以外の文章だ。
…………すごかった。
わたしと親友は、言葉を失った。
えーと。
たぶん、今と違って、いろいろ自由な時代だったんだと思う。
現代に、あの文章を載せる雑誌はないんじゃないかな。
エッセイのはじまりは、礼儀正しく理性的。
でも最初の挨拶文が終わると、「これから暴言を吐くので、嫌な人は読まないように」という意味の注意書きがあった。
わたしと親友は「?」と首をかしげつつ、先を読んだ。
ほんっとーに、暴言だった。
すごかった。
無礼な読者から、酷い手紙をもらったのだという。
そのことに対する怒り、内容への反論、揚げ足取りだった。
その無礼な読者ってのも、確かに大概なもんだと思うが、それに対し、作家が雑誌という公共の場で、一個人(複数相手だったけど)に対し反論……ちゅーか、攻撃するのを、はじめて見た。
匿名なので本人に返事を出しようがなかったんだろうけど、それにしても、雑誌で2ページかけてやることなのかと。
わたしも親友もびっくりして、読み終わっても無口だった。
どう反応していいか、わかんない……。
わたしら、『銀英伝』ファンの、無邪気な女の子たちだったんだよー。
んで、とりあえずわたしは、「鼎談」という言葉をおぼえた。
物知らずなガキだったので、そんな言葉は知らずに生きていた。
無礼な読者が、3人での座談会のことを「対談」と記していたことに対し、「3人のときは鼎談って言うんだよ、バーカ、低脳、その程度の奴がナニ上から意見してんだよ」てな感じ(あくまでも、イメージ)に田中氏が罵っていたんだな。
「鼎談」という言葉を知らないと、こうまで罵られるんだ!と、肝に銘じたんだ(笑)。
結局、わたしと親友の意見は一致した。
「見なかったことにしよう」
ぱたんと雑誌を閉じて、書架へ戻す。
作者と友だちになるわけじゃなし、どんな人でも作品さえ良ければいいんだよ。
田中芳樹の小説は面白いんだから、それでいいじゃん。
てことで、1回読んだだけのエッセイなので、あくまでも記憶、イメージだけです。
真実がどうかは、もう時の彼方。
とはいえ。
そっから先は、田中氏へのイメージが変わった。
すなわち。
田中芳樹、こわい!!
作品は面白いし、好きだから読むけど、本人にはできるだけ近づかないでおこう。
エッセイとかインタビューとか、2度と手に取らない。
あのエッセイを読んでから、小説内にストーリーに関係なく唐突に挿入される「無礼な人」「非常識な人」のエピソード(『創竜伝』とか、現代物の小説に特に多かった)は、作者の実体験なんだろうなあと思うようになった。
エッセイで攻撃しないかわりに、小説内に登場させるんだ、と。ぶるぶる。
クリエイターなんて、個性的でナンボだし、別にいいと思う。
思うけど、わたしは苦手だなあ。こわいなあ。
年を取るにしたがい、趣味嗜好も変わる、待っても待っても続きは出ないし、たまに出る別の本は面白くないし……と、いつの間にか田中芳樹の小説を読まなくなっていた。
大好きだった『銀英伝』も、なまじ大好きだっただけに布教に忙しく、いろんな子に貸しているウチに、戻って来なくなった。
ほとんどが初版帯付きだったんだがなあ、徳間ノベルズ。
後年、田中芳樹せんせーを知る人から「すっごくいい人だよ! あんなにいい人で大丈夫なのか、心配になるくらい」てな話を聞いた。
あのエッセイの記憶がトラウマなわたしは、半信半疑(笑)。そうなのかなあ、でもいい人だったら、あんな文章書くかなあ。
同じ攻撃文でも、巨大な権力とか企業とかに対してなら小説のイメージ的にもアリだったけど、市井の人、自分の読者に向かって誌上攻撃は、大人げなさ過ぎる。
それでもやっぱり、あれだけ大好きな小説の作者。
わたしにとっては、青春の1ページ、時代の象徴。あこがれの人。
あれから何年経つのか。
『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』初日。
張り切って駆けつけたわたしと友人のチェリさん(ヲヅキファン)は、示し合わせたわけでもないのに、SS席で互いが見えるくらいの席。や、気合い入ってるよね、わたしたち(笑)。
チェリさんが「作者の人、来てる? 私は顔知らないけど、劇団の人に案内された男性がいたよ」と教えてくれた。
そうなの? と、意識して眺めれば、確かにいた。席、近かった。
あ、田中芳樹だ。って、シンプルに思った。
つまり、顔、おぼえてるし。
そのことに、おどろいた(笑)。
本人には近づくまい、と小説以外目にしなくなり、それすら遙か昔のことなのに。
それでもバイブルだった徳間ノベルズに載っていた写真は、いやっちゅーほど眺めていたもの。
公演の初日挨拶時、舞台上から紹介された田中氏は場内の拍手に応え、何度も何度も頭を下げていた。
終演後、席を立って歩く人々の群れの中でも、握手を求められたりカメラを向けられたり、大変そうなんだが、彼はいちいち律儀に礼を尽くしていた。
いい人そう。
以前人から聞いた通り。すごくいい人なのかもなー。
文章内でだけ、人格変わるのかもしれない。つか、当時の彼は、成功したばかりの若者だった、ってことなのかもしれないし。小娘のわたしからは「大人」と見えていただけで。
ノベルズの写真といちばんチガウのは、ズバリ髪の毛だった……そうか、それだけ時が流れたんだ。
少女時代のわたしなら、人混みをかき分けて彼のところへ行き、握手を求めるなりしたのかなあと、微妙な距離から握手責めにあっているかの人を眺めた。
それでも『銀英伝』が好き。
出会えて良かった。
今も、また。
まだ若かったわたしと当時の親友は、あきもせずに会うたび『銀英伝』の話をしていた。
本が好きで、長編小説は特に好きだった。
その前はえんえん『グイン・サーガ』の話をしていたっけな。『銀英伝』も『グイン』と同じように、わたしと友人たちのブームになった。
若くて、お金がなくて。
毎週末会って出かける先が、梅田の大型書店だったり、複合施設の中にある図書館だったり。
自分たちの住む市の図書館では満足できず、わざわざ隣の市の中央図書館まで電車に乗って通ったり。
自転車に乗って、近隣の古本屋(ブックオフ等の大型店は存在しない)を何軒も回ったり。
とにかく「本」が好きだった。
素晴らしい本と出会ったら、まず親友に報告し、同じ本を読んで、感動を分かち合う。それが通常だった。
わたしは学校の図書室の常連で、卒業前には表彰されたな、「図書室利用数最多生徒のひとり」って。
や、びんぼーで本が買えず、学校で借りて読む、のが日課だったんだな。
司書の先生たちに気に入られ、サロン的な感じで毎日溜まってた、つーか。
親友は学校が別だったけど、彼女も自分の学校でそんな感じになってたらしいから、本好き少女はどこでも似たよーなことになるみたい。
まあそんな日々で、『銀英伝』は実にいい題材だった。
長いし文字びっしりだから、読み甲斐があるし。
読み込むことでいろんな発見はあるし、たんにキャラに萌えていられたし。
『グイン』がそうであったように、「次の発売日」を楽しみに、展開を予想したりなんだりできて、とても楽しかった。
また、作者の田中芳樹という人が、謎の人で。
『銀英伝』にはあとがきがない。
作者の言葉を読めない。
現代のように、著名人はすべからくブログその他をやって自身の言葉を世界へ発信していたりしない。
『銀英伝』以外書いてないし、どんな人なのかさっぱりわからない。
栗本薫の饒舌さに、最初は喜んでいたけどだんだん失望するようになっていたこともあり、田中芳樹のストイックさを快く思ってもいた。
田中芳樹と富野由悠季が対談する、ちゅーんで、ワクテカ『アニメージュ』だっけかを買ったような?
謎のベール(笑)に包まれた、田中芳樹の言葉が読める!てな。
そしたら、何ページにもわたる対談記事で、喋りまくっているのは富野氏ばかりで、田中氏はその相づち程度しか喋っていなかったというオチ。
ますますわからん、田中氏の人となり。
そんなときに。
親友と電車に乗ってわざわざ行った某図書館。
そこに行けば、『SFアドベンチャー』という雑誌のバックナンバーが読める。
『SFマガジン』も『SFアドベンチャー』も、びんぼーなわたしたちには手が出ない、高価な雑誌だった(笑)。
そこで、田中芳樹のエッセイを見つけた。
見開き2ページだったかな。3段組とかでびっしりと。
はじめて読む、田中芳樹の「小説」以外の文章だ。
…………すごかった。
わたしと親友は、言葉を失った。
えーと。
たぶん、今と違って、いろいろ自由な時代だったんだと思う。
現代に、あの文章を載せる雑誌はないんじゃないかな。
エッセイのはじまりは、礼儀正しく理性的。
でも最初の挨拶文が終わると、「これから暴言を吐くので、嫌な人は読まないように」という意味の注意書きがあった。
わたしと親友は「?」と首をかしげつつ、先を読んだ。
ほんっとーに、暴言だった。
すごかった。
無礼な読者から、酷い手紙をもらったのだという。
そのことに対する怒り、内容への反論、揚げ足取りだった。
その無礼な読者ってのも、確かに大概なもんだと思うが、それに対し、作家が雑誌という公共の場で、一個人(複数相手だったけど)に対し反論……ちゅーか、攻撃するのを、はじめて見た。
匿名なので本人に返事を出しようがなかったんだろうけど、それにしても、雑誌で2ページかけてやることなのかと。
わたしも親友もびっくりして、読み終わっても無口だった。
どう反応していいか、わかんない……。
わたしら、『銀英伝』ファンの、無邪気な女の子たちだったんだよー。
んで、とりあえずわたしは、「鼎談」という言葉をおぼえた。
物知らずなガキだったので、そんな言葉は知らずに生きていた。
無礼な読者が、3人での座談会のことを「対談」と記していたことに対し、「3人のときは鼎談って言うんだよ、バーカ、低脳、その程度の奴がナニ上から意見してんだよ」てな感じ(あくまでも、イメージ)に田中氏が罵っていたんだな。
「鼎談」という言葉を知らないと、こうまで罵られるんだ!と、肝に銘じたんだ(笑)。
結局、わたしと親友の意見は一致した。
「見なかったことにしよう」
ぱたんと雑誌を閉じて、書架へ戻す。
作者と友だちになるわけじゃなし、どんな人でも作品さえ良ければいいんだよ。
田中芳樹の小説は面白いんだから、それでいいじゃん。
てことで、1回読んだだけのエッセイなので、あくまでも記憶、イメージだけです。
真実がどうかは、もう時の彼方。
とはいえ。
そっから先は、田中氏へのイメージが変わった。
すなわち。
田中芳樹、こわい!!
作品は面白いし、好きだから読むけど、本人にはできるだけ近づかないでおこう。
エッセイとかインタビューとか、2度と手に取らない。
あのエッセイを読んでから、小説内にストーリーに関係なく唐突に挿入される「無礼な人」「非常識な人」のエピソード(『創竜伝』とか、現代物の小説に特に多かった)は、作者の実体験なんだろうなあと思うようになった。
エッセイで攻撃しないかわりに、小説内に登場させるんだ、と。ぶるぶる。
クリエイターなんて、個性的でナンボだし、別にいいと思う。
思うけど、わたしは苦手だなあ。こわいなあ。
年を取るにしたがい、趣味嗜好も変わる、待っても待っても続きは出ないし、たまに出る別の本は面白くないし……と、いつの間にか田中芳樹の小説を読まなくなっていた。
大好きだった『銀英伝』も、なまじ大好きだっただけに布教に忙しく、いろんな子に貸しているウチに、戻って来なくなった。
ほとんどが初版帯付きだったんだがなあ、徳間ノベルズ。
後年、田中芳樹せんせーを知る人から「すっごくいい人だよ! あんなにいい人で大丈夫なのか、心配になるくらい」てな話を聞いた。
あのエッセイの記憶がトラウマなわたしは、半信半疑(笑)。そうなのかなあ、でもいい人だったら、あんな文章書くかなあ。
同じ攻撃文でも、巨大な権力とか企業とかに対してなら小説のイメージ的にもアリだったけど、市井の人、自分の読者に向かって誌上攻撃は、大人げなさ過ぎる。
それでもやっぱり、あれだけ大好きな小説の作者。
わたしにとっては、青春の1ページ、時代の象徴。あこがれの人。
あれから何年経つのか。
『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』初日。
張り切って駆けつけたわたしと友人のチェリさん(ヲヅキファン)は、示し合わせたわけでもないのに、SS席で互いが見えるくらいの席。や、気合い入ってるよね、わたしたち(笑)。
チェリさんが「作者の人、来てる? 私は顔知らないけど、劇団の人に案内された男性がいたよ」と教えてくれた。
そうなの? と、意識して眺めれば、確かにいた。席、近かった。
あ、田中芳樹だ。って、シンプルに思った。
つまり、顔、おぼえてるし。
そのことに、おどろいた(笑)。
本人には近づくまい、と小説以外目にしなくなり、それすら遙か昔のことなのに。
それでもバイブルだった徳間ノベルズに載っていた写真は、いやっちゅーほど眺めていたもの。
公演の初日挨拶時、舞台上から紹介された田中氏は場内の拍手に応え、何度も何度も頭を下げていた。
終演後、席を立って歩く人々の群れの中でも、握手を求められたりカメラを向けられたり、大変そうなんだが、彼はいちいち律儀に礼を尽くしていた。
いい人そう。
以前人から聞いた通り。すごくいい人なのかもなー。
文章内でだけ、人格変わるのかもしれない。つか、当時の彼は、成功したばかりの若者だった、ってことなのかもしれないし。小娘のわたしからは「大人」と見えていただけで。
ノベルズの写真といちばんチガウのは、ズバリ髪の毛だった……そうか、それだけ時が流れたんだ。
少女時代のわたしなら、人混みをかき分けて彼のところへ行き、握手を求めるなりしたのかなあと、微妙な距離から握手責めにあっているかの人を眺めた。
それでも『銀英伝』が好き。
出会えて良かった。
今も、また。
コメント