トマス@まとぶを助けるために、意気揚々と牢獄へ侵入してきたトゥスン@壮くん。

 そのキラッキラッしまくった瞳。
 誉められること、感謝されることを前提にした物言い。
 自分の正しさを疑いもしないトゥスンに突きつけられたのは、トマスの拒絶だった。

 正しいことをしているはずなのに、ヒーローとして助けに来たのに、何故最愛のトマスは、トゥスンを拒絶する? そんなこと、ありえない。

 トゥスンの手を取ることを拒み、彼は処刑を受け入れるという。

 青天の霹靂。
 そんな事態はトゥスンの小さなアタマにはない。存在しない。

 だからトゥスンはいつもここで、叫ぶだけ叫んでいた。
 トマスの決意を覆すために。懇願した。
 宮殿で、父ムハンマド・アリ@星原先輩に対して、したように。

 駄々をこねた。
 イヤイヤをした。
「君を殺したくないんだ!!」……心の底から、叫んでいた。

 それが。
 『愛と死のアラビア』千秋楽。

 トゥスンは、叫ばなかった。

 絞り出すように、言った。
 ずっとずっと、もっとも強く叫ぶ台詞を。強すぎて、叫びすぎて、「君を〜〜たくない」と、なにを言ってんだか、正直良く聞き取れないくらい(笑)、イッちゃってる絶叫台詞を。

 わたしはずーっと壮一帆くんを愛でておりますが、彼の芝居をいいと思うことは、ほとんどありません。
 なにをやっても壮一帆、いつもハイテンションで吠えまくるのが、壮くんの芸風。
 モーリスだろうとスタンだろうと大差なし。受でも攻でもSでもMでも、とにかくヒステリック。とにかくうるさい。

 芝居の善し悪しは個人の好みに寄るところが大きく、ある人にとっての「名演! なんて演技巧者なのかしら!」が、別のある人にとっては「この大根役者、芝居壊すな!」だったりすることも、めずらしくありません。好みに合うかどうかです、よーするに。
 わたしは壮くんを大根役者側だと思っているし、また、「タカラヅカ・スタァ」である以上、ソレはアリだと思っています。
 空気なんか読めなくても、場面をぶち壊していても、「スタァ」はソレで良いんです。世界や役に染まりきり、作品ごとに完璧に別人になられたら、そりゃそのスター個人の顔が見えず「地味」な存在になってしまう。
 華がなく、美しくもなく、ただ芝居がヘタで場を壊すだけの人は苦手ですが、無駄なほどにキラキラ輝いちゃってる人は、ソレだけでいいんです。非現実を見たくてヅカを観に行ってるんだ、ありえないくらい美しく輝いてくれるなら、文句なんかあるはずがない。
 なにをやっても壮一帆、ソレでイイと思ってる。

 『さすらいの果てに』で大爆笑させてくれたように、『DAYTIME HUSTLER』で途方に暮れさせてくれたように、壮くんの演技はかなりアレだと思っている。

 その、壮くんの演技で。

 マジ泣きしたんですが、どうしましょう!!

 楽の前から、絶叫台詞を絶叫しないようにはなってきていた。だけど前後のつながり的に、それほど胸に来るモノはなかったんだが。

 千秋楽は、キた。
 どうしようもなく、キた。

 それまでのトゥスンの無邪気っぷりがまた、突き抜けていた。
 なんの疑問もなく明日を信じる、さわやかなハイテンションぶりが、いつもにも増してあざやかで。
 パパへのダダのコネ方が、痛々しいほどの激しさで。

 自分の思い通りにいかないことに、ただ駄々をこねるしかできなかった子ども。
 その幼い魂が、「世界」に裏切られてなお、駄々をこねられずにいる。

 はじめての、裏切り。はじめての、挫折。
 「世界」はいつでもトゥスンの味方で、彼の心を折るようなことは、存在しなかった。わがままナイリお嬢様じゃないけれど、トゥスンだって大切に守られて生きてきた、小さな世界の王子様だ。

 それを「世界」だと信じて、小さな地球のおもちゃを抱きしめてきた。
 それがニセモノだと、おもちゃだと気づかされて。
 衝撃の大きさに、駄々をこねることさえ、できずに。

 トマスに言い募っているところへ、兄イブラヒム@ゆーひが現れた。

 彼はたった今、「世界」に裏切られたところだ。
 真の意味での挫折も絶望も知らなかった、地球を自分中心に回してきた子どもが、はじめてどうすることもできない現実を知り、絶望しているところだ。
 最愛の人に拒絶されているところなのに、愛する兄までもが、自分を否定する。

「邪魔をするモノは、たとえ兄上でも撃つ」と、銃を構えるトゥスンが、あまりに痛々しくて。

 彼の悲しみが、理不尽な怒りが、破裂したように広がるんだ。
 追いつめられた小動物が、巨大な肉食獣相手に、逃げるという選択肢をなくして牙を剥くような、破滅的な絶望感。

 八方塞がりで、なにもかもに否定されて拒絶されて、もうほんとうに、今度こそ、駄々をこねるしかなくて。

 ここでイブラヒムを撃ったところで、兵士に囲まれている現状がどーにかなるわけじゃないのに。
 トゥスンは生まれてはじめての絶望のなかで、本当の駄々をこねて。

 彼の愚かさが、愛しくて。

 イブラヒムにトゥスンを撃てるはずがないとトマスに諭され、トゥスンは生還する。
 絶望の底から、これまた彼ならではの単純さで、猛スピードでぽーんと浮上してくる。

 一旦浮上しても、結局のところトマスが決心を変えないので、トゥスンはまた絶望することになるんだけど。
 忙しくもまた彼は嘆くのだけど。

 ただ。

 これまでずっと、エジプトのために死ぬと言い切るトマスに対し、嘆きを表現していたトゥスンが、千秋楽は違ったんだ。

 それまでずっと、ダダをこねて泣くだけだった男の子が。

 泣かずに、現実を、受け入れた。

 「インシャラー」と歌うトマスに、泣きながら同じ歌を返し、泣きながら名を呼ぶ。トマスは背を向けて、トゥスンの未練を拒絶する。
 ……のが、通常だった。
 いつも、「可哀想だから、ちょっとぐらい振り向いてやってよ〜〜」とトマスの意志の強さを責めたくなるんだが。

 千秋楽、トゥスンは悲しみだけではなく、力強く「インシャラー」と返した。
 そして。
 トマスを振り返り、その名を呼んだ。

 嘆きではなく、肯定として。

 悲鳴ではなく、意志のこもった声だった。強い瞳だった。

 対するトマスも。
 ……ここってトマス、いつも背を向けてたよね? なのにちゃんと、トゥスンを見ていた。

 頷いた。

 トゥスンが「トマス」と呼びかけ、トマスが、頷いた。
 トゥスンはトマスの意志を酌み、トマスはトゥスンの覚悟を受け止めた。

 ふたりは頷き合い、トマスは背を向ける。トゥスンもまた、去っていく。

 ……なんなの、これ。
 最後の最後に、なにやってんの、あんたら?!

 トゥスンが、成長している。

 泣くだけの、駄々をこねるだけの子どもが、「男」として、去っていくよ。
 親友の志を受け継ぎ、新しい明日を生きるために去っていくよ。

 なんだそれは。

 びっくりして、とまどって、盛大に泣いた。
 トマスがいい男で。トゥスンがいい男で。

 てゆーか、壮くんなのに? 壮一帆に泣かされてるのかあたしは?!

 
 トゥスンのバカさが好きだ。
 まっすぐな愚かさ、汚れを知らないでいられたからこその純粋さが好きだ。
 そしてさらに彼が、抱きしめていた小さな地球を、自分の手で叩き割り、大きな世界へ向けて歩き出してくれるのなら……これほどの、カタルシスはない。

 
 千秋楽でいちばん泣かされたのは、トゥスン@壮くんだ。

 この子、愛しすぎる。


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