春野寿美礼には、ビデオ記録が無意味だ。

 『マラケシュ』の東宝楽をスカステで見たとき、わたしが知っている『マラケシュ』とあまりにちがっていることに愕然とした。
 わたしの知っているリュドヴィークは、テレビ放送されているリュドヴィークとは、あまりに別人だった。

 なにコレ。
 コレ、わたしが見たかった『マラケシュ』ぢゃない。わたしの愛したリュドヴィークぢゃない。

 ……もちろんコレが『マラケシュ』でリュドヴィークだということは、わかるけれど。

 だってオサ様、同じ演技は二度としないんだもの!!

 日によって公演によって、別人があたりまえなんだもの!!

 わたしは、わたしが「視た」ときのリュドヴィークをリュドヴィークだと思うし、複数のリュドのなかでも、いちばんわたしの感性に合うリュドをリュドだと認識して、記憶に刻んでいるのよ。
 だから、今さら映像で、別のリュドヴィークを見せられても、混乱する。落胆する。

 わたしが愛したリュドヴィークは、もうどこにもいないんだ。
 記録映像の中にさえ。

 その事実が、悲しい。
 泣けてくるほどせつない。

 オサ様は、ナマで視てなんぼの人。
 スカステやDVDが無意味な人。

 変わり続ける、ナマの感情で、感覚で、酔わせる人。

 『ファントム』でも、そうだ。

 ムラで『ファントム』を観たとき、エリック@オサがあまりに幼くなりすぎていて、興醒めした。
 いたいけでせつない少年だけど、わたしが見たいオサ様は子役ぢゃない。
 どんなにエリックが愛されていて、キャリパパ@ゆみこといちゃいちゃしていても、ショタの気のないわたしには、萎えるばかり。

 ムラの当日B席で観劇したときのエリックが、いちばんよかった。適度に青年で、そして可哀想で。
 歌声も冴え渡り、キャリパパとの銀橋の響き合いは素晴らしかった。
 『ファントム』という作品自体に萎え気味だったけれど、それを持ち直させてくれる出来の良さだった。
 なんだ、『ファントム』もけっこーいいじゃん。……そう思ったけれど、次に観たときはまた、そのときほどの昂揚は得られず、気分は下を向いた。

 なんとなく盛り上がりに欠けるままの、東宝観劇。
 席はそこそこ、1階S席センター。……てゆーか、わたしの位置、0番? こんなにど真ん中で『ファントム』観るのはじめてだ。

 やはり、今までのどの回ともチガウ、新しいエリックがいた。

 観る前から、「幼児化が進んで、ひどいことになってるよ」とさんざん威されていたんだけど。

 べつに、幼児じゃなかった。
 ふつーに青年だった。あわれで、いたいけな青年だった。

 キャリパパとの銀橋、キャリパパをはじめて見た。
 ど真ん中の席だと、両方見えるんだ。今まで、どこに坐っていようと、たとえ後頭部しか見えなかろうと、エリックしか見てなかったからな。
 はじめてちらりとだがキャリパパも見て、そしてあとはずーっとエリックだけ見つめて、だだ泣きした。
 銀橋、べつに泣けなかったのになー。泣けたのはムラBB席の1回だけだったのになー。

 傷ついた魂が、あえいでいる。

 誰を恨むこともない、愛を知る人。
 すべての運命を受け入れながら、微笑む人。

 なにも欲しがらなかった彼が、ただひとつ欲した少女、クリスティーヌ。

「彼女は僕の顔を見たんだ。彼女は僕のものだ」
 ……痛みに耐えるような、かなしい顔で、つぶやく。ひとりごとのように。うわごとのように。
 泣いているように。あきらめているように。でもどこか、微笑んでいるように。……なにかを耐えた、かなしい顔で、彼はつぶやく。

 エリックだ。
 あまりに痛々しい、エリックがそこにいる。
 無惨なのは顔の傷じゃない。心の傷だ。
 ズタズタになりながらも光と愛を信じ生きてきた青年が、すべてを受け入れてなお、手を伸ばさずにいられなかったもの。なにかに背を押されるかのように。運命であるかのように。

 エリックの元へ行こうとあがくクリスティーヌ。
 クリスティーヌの元へ行こうとあがくエリック。

 運命に引き裂かれる恋人たち。

 ……エリックが、好きだ。
 たかこエリックは大好きだったけれど、オサ様エリックは幼児過ぎて好みぢゃなかった。
 でも今、このエリックのことは、大好きだ。
 子どもじゃない。
 少年の魂を持った、あわれな大人の男だ。
 ひとり女に恋をする、大人の男だ。

 やっぱり、春野寿美礼は、すごい。

 この人、すごいよ。
 目を離せない。なんなの、この魅力。カリスマ性。

 計算してやっているというより、過分に本能的な演技が、ツボにハマったときのカタルシスは他では考えられない。

 そして、この人のすごさは、ビデオでは伝わらないんだ。
 変わり続ける日々の演技の中にあるんだ。

 きっと、この先花組『ファントム』の映像を見ることがあっても、首を傾げるんだろうな。
 これは、わたしの視た『ファントム』じゃない。わたしの愛したエリックじゃない、って。

 うわあぁぁああん、大好きだオサ様。
 どうしよう。もー、どうしよう。なんて人なの。

 
 と、ここまで感動させてくれておいてさ。

 フィリップとの対決で、ナイフを落とすのは、どうなの。

 いやあ、すばらしい空気でした、劇場内。
 フィリップを羽交い締めにして、後ろからナイフを振り下ろそうとして、クリスに止められるシーンね。
 あそこでエリックわざわざ、ナイフを投げて持ち替えるじゃん。なんでそんなことするのか謎のアクション。落としたらどーすんだ、とはらはらするシーン。

 あそこで、ほんとに落とした。

「あ」

 全員が、止まった。

 ……しーん……。

 エリックもフィリップも、彼らの下方にいるクリスも警官たちも、みーんな。
 固唾をのんだ。

 どうしようって。

 ナイフがないまま、あるふりをして続けるのか。
 それともナイフではなく素手で殺すふりをするのか。
 まとぶんが混乱してぐるぐるしているのがわかる。「オレか? オレがなんとかするのか? どーすんだオレ?!!」

 静まりかえる客席。静まりかえる舞台。
 高まる緊張感、ああまさにクライマックス!!

 エリックが、動いた。

 フィリップを羽交い締めにしたまま、じりじりと横に動き、落ちているナイフへ、手を伸ばした。
 フィリップも、抵抗するふりをしながら、協力。

 ふたりでカニ歩きして、無事にナイフ取得。

 で、なにごともなかったかのよーに舞台再開。

「うおおおっ」
「お願いやめてエリック!!」
 ……おもしろいぞキミら。

 
 いやあ、いいもん見ました。
 あの、舞台全員の「あ」ってゆー顔。

 それでも最後の、クリスティーヌの腕の中で事切れるエリックに、再び号泣しましたとも。

 オサ様大好き。


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