お願い、ここにいて。
 どこへも行かないで。

 かなしいのは、その祈りが届かないことを知っていること。
 不可能だと知っていること。

 出会いは偶然、別れは必然。

 あのね、わたしたちは、必ず別れるの。
 わたしたちは、必ず失うの。

 すべて。

 出会ったすべてと別れる。
 得たすべてを失う。

 どれほど愛しても。
 どれほどの過ちも。
 美しいものも醜いものも。
 等しく。

 繰り返される物語。
 どこにも行けない、ここにいることもできない男と、彼を愛した女の物語。
 空洞を抱えたまま、南へ向かう男と、残される女の物語。
 場に満ちているのは破滅と悲しみなのに、清浄で静かなんだ。
 どこかで見た、だけど新しい物語が、いくつものキーワードを含み、乱反射する。

 痛みが降り積もっていく。
 繰り返される物語。繰り返される痛み。

 お願い、ここにいて。
 どこへも行かないで。

 叶うはずのない祈りだけが、宙に浮く。

 お願い、ここにいて。
 どこへも行かないで。

 繰り返し祈り、繰り返し裏切られる。

 お願い。
 お願いです。

 ここにいてください。

 祈りと同じ重さの絶望が返る。
 絶望するためだけに、祈り続ける。

 傷付くためだけに、愛し続ける。

 救われないまま。

 仕方がない。
 わかっていて、愛したのだから。
 
 出会ったすべてと別れる。
 得たすべてを失う。

 見ないふりで生きてきた、気づかないふりで生活していた、悲しい嘘をあばきたてて。

「拍手って、飛べない鳥のはばたきのようだね」
 −−昔、愛しい少年が口にしたつぶやきが、今も胸の奥にくすぶる。


コメント

緑野こあら
緑野こあら
2006年8月12日17:22




自己レス。
「拍手って、飛べない鳥のはばたきのようだね」
−−グレアム@『はみだしっ子』の、有名すぎる台詞。

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