カシウスの愛はどこに。@暁のローマ
2006年6月1日 タカラヅカ カシウスが、ブルータスを好きだったのはほんとうだと思う。
彼は自分以外のすべてを見下していたし、ブルータスのことも利用していただけだけど、彼が本心を叫ぶシーンでブルータスのことを認めていたのは、たしかだと思う。
『暁のローマ』語り、今回のテーマは、「カシウスの愛はどこに」(笑)。
カシウスはクールにシニカルに、この世のすべてを見下して生きてきた男だ。
ブルータスも例外ではない。「野心をくすぐれ」と歌う彼は、人間を操ることなどたやすいと思っている。実際、ブルータスも彼の思いのままに動いた。
人生、チョロイ。人間なんて、チョロイ。男はバカばかりで彼の策略で簡単に騙せるし、女もまたバカばかりで彼の美貌で簡単に騙せてきたんだろうよ。暗殺者チームは彼の思いのまま。ブルータスの妹をたらし込んだのも計算尽くだろーから、女も思いのまま。
カシウスは、ブルータスを利用していた。
……この段階で、愛はない。
友だとか兄弟だとか、美しげなことを言っているが、本気ではない。
ブルータスの利用価値を認めているだけだ。
下手に出てはいるが、冷え冷えとしたたたずまいが崩れることはない。
だが後半、クールだった彼は豹変する。
なにもかも失い、追われる身になって。
あれほど余裕綽々にすべてのものを俯瞰していたくせに、激昂し叫び出す。
このとき彼は、アントニウスを非難し、ブルータスを持ち上げる。
とーぜんだわな。
カシウスという男の「立ち位置」を考えれば、そうするしかないんだ。
だって彼は、「ブルータスを選んだ」のだから。
カエサルを倒して、自分が王になる。
この野望をかなえる傀儡として選んだ相手が、ブルータス。アントニウスじゃない。
アントニウスを選んでいれば、王になれたのかもしれない。たとえ3分の1であっても、ローマを治められたのかも。
だけどカシウスが選んだのは、ブルータスだった。
それは、見込み違いか。
選び違えてしまったカシウスが愚かだったということか。
クールさの仮面を投げ捨てて激昂するカシウスは、アントニウスを否定する。
「アントニウスを選ばなかった自分を正当化するため」に、アントニウスを貶めなければならない。
さらに、この状況まで追いつめられたカシウスにとって、残っているのはブルータスだけだ。
市民はアントニウスを選んだ。カシウスの選んだブルータスを否定して。
そう、世界は無知と軽薄と悪意に満ちていて、価値があるのは自分と、自分が選んだブルータスしかない。
カシウスには、ブルータスしかいない。
「立ち位置」的にも、そして自分の精神的優位、存在意義を確立するためにも、ブルータスを必要とし、ブルータスのすばらしさを認め、愛さなければならないんだ。
「この男をすばらしい人物だと認めなさい。認めなければ、オマエを死刑にします」
「この男を愛しなさい。この男に愛を告げなければ、オマエを死刑にします」
運命の女神が、そう命令している。
他に選びようのない二者択一。
ブルータスはすばらしい、ブルータスを愛している。……そう定義づけなければ、カシウスは破滅する。
カシウスは、ブルータスを愛しているのか?
愛しているとして、その愛は本物か?
他に選択肢がなかったから、自分を守るためだけに、ブルータスを愛したのだとしたら、それは本当の意味で愛したことにはならないだろう。
と、ここまでが状況確認と疑問提示。
わたしの結論は最初に書いた。
それでも、カシウスが、ブルータスを好きだったのはほんとうだと思う。
なにもかも失ったカシウスは、ブルータスを愛するしかない状況だった。
……だから愛した。という側面も、たぶんある。
自分を守るために、自分に利益をもたらす相手に好意を持つのは人間の本能だから。
でもそれ以上に、ほんとーに、好きだったんだよ。
最初はたしかに、ただ利用していただけだったんだろうけど。
本人が言っている通り、カエサル暗殺後の市民への演説、アレがポイントだったんだろうとは思う。
今まで他人を見下し、偽りで操ることしかしてこなかったカシウスだ、嘘偽りない真心で多くの人々の気持ちを動かしたブルータスを見て、目からウロコだったんだろう。
嘘やお世辞、脅しや利益でしか、人間の心は動かないと思っていた。そーやってカシウスは人を動かしてきた。
それがどうだ。
ブルータスはチガウ。人の心の美しい部分で、人を動かしてみせる。
そのことに、純粋に感動した。
その直後。
アントニウスが、なにもかもひっくり返す。
言葉巧みに市民を扇動し、誘導し、洗脳する。市民を動かすのは狭小な人情と、金。
アントニウスがやって見せたことこそ、カシウスが今までやってきたことだ。
相手が望むコトバを口にしてやり、持ち上げ、気持ちよくしてやる。さらに利益があることを教える。……そーやって人を操ってきた。
見せつけられたのは、自分の暗部、歪んだ鏡。
善意のブルータスのあとで見れば、その醜さが際立つ。
しかも。
アントニウスの方が、カシウスより遙かに大物なのだ。
カシウスがちまちまやってきたのと同じ方法論で、大勢の市民たちを一瞬で傀儡に変えてしまった。
コレは、効くだろ。
人生観変わるぐらいショック受けても仕方ないだろ。
なまじ自分を「非凡」だと信じてきた男だから。
カシウスは、「世界」に否定された。
自分にはあると信じていた翼が、ただの思いこみ、偽物に過ぎないことを知らされた。
「私は嫌だ! 私はチガウ! 私は戦う!」
アントニウスを否定し、アントニウスを選んだ民衆を否定し、アントニウスを選んだ「世界」を否定する。
駄々をこねる子どものように。
その情けない姿が。
自分のレーゾンデートル崩壊を認めまいとあがいている大人と、自分の好きなモノを貶められたことに憤るガキ、両方に思えるのよ。
利用していたくせに、見下していたくせに、ブルータスが他人から蔑まれると、ムカつくんだね(笑)。
いや、人格者ブルータスを見下していたのは自分だけだった。特別なカシウスだからこそ、ブルータスごときどうとでもできた。
そんな自分が、ブルータスのすばらしさを彼の演説によってはじめて感じたところだったのに。それを自分の嫌な部分だけで構成されたようなアントニウスによって貶められるなんて。
アントニウスは、歪んだ鏡。
冗談じゃない、俺はあんなに醜くない。
俺には崇高な理想があるのだから、私欲で動いているアントニウスとはチガウ。
理想ってなにさ? 他人を騙し利用することを正当化できるナニがあるというんだ? ーーというツッコミは今は置いておく。
カシウスが自分を正当化していること自体が、「どんなに悪い結果に終わった行いも、元は善意からはじめられたのだ」というコトバに集約されているんだよね。
アントニウスに貶められることによってはじめて、カシウスは自分の心を知る。
ブルータスを、愛していると。
民衆がアントニウスを選んだことが許せない。俺のブルータスがあんな男以下だと評価されるのが許せない。民衆の支持を失い、みじめに追われるなんて許せない。
アントニウスを罵るカシウスの、情けない格好悪い姿が、もう。
あー、そんなにブルータスが好きかぁ……。
そんなに、自分のことを好きでいたいのかぁ……。
そうやって、心を守るしか、ないんだね。そこまで、追いつめられてしまったんだね。
「ブルータス、歌ってくれ!」
すがりつくように言う。
カシウスが持っている唯一のもの、彼が選び、彼が愛し、彼を救うただひとつのもの、ブルータス。
ローマはみんなのもの、と歌うふたりは、「世界にたったふたりきり残された、最期の絆」そのものだ。
カシウスは、ブルータスを愛していた。
自分を守るための、ずるいものが含まれていたにしろ。そうするしか、他に選択肢がなかったのだとしても。
それでも、愛している。
美しいだけでも正しいだけでもなくて。
汚くて間違っている部分も含めて。
カシウスが、ブルータスを好きだったのは、たしかだと思うんだ。
彼は自分以外のすべてを見下していたし、ブルータスのことも利用していただけだけど、彼が本心を叫ぶシーンでブルータスのことを認めていたのは、たしかだと思う。
『暁のローマ』語り、今回のテーマは、「カシウスの愛はどこに」(笑)。
カシウスはクールにシニカルに、この世のすべてを見下して生きてきた男だ。
ブルータスも例外ではない。「野心をくすぐれ」と歌う彼は、人間を操ることなどたやすいと思っている。実際、ブルータスも彼の思いのままに動いた。
人生、チョロイ。人間なんて、チョロイ。男はバカばかりで彼の策略で簡単に騙せるし、女もまたバカばかりで彼の美貌で簡単に騙せてきたんだろうよ。暗殺者チームは彼の思いのまま。ブルータスの妹をたらし込んだのも計算尽くだろーから、女も思いのまま。
カシウスは、ブルータスを利用していた。
……この段階で、愛はない。
友だとか兄弟だとか、美しげなことを言っているが、本気ではない。
ブルータスの利用価値を認めているだけだ。
下手に出てはいるが、冷え冷えとしたたたずまいが崩れることはない。
だが後半、クールだった彼は豹変する。
なにもかも失い、追われる身になって。
あれほど余裕綽々にすべてのものを俯瞰していたくせに、激昂し叫び出す。
このとき彼は、アントニウスを非難し、ブルータスを持ち上げる。
とーぜんだわな。
カシウスという男の「立ち位置」を考えれば、そうするしかないんだ。
だって彼は、「ブルータスを選んだ」のだから。
カエサルを倒して、自分が王になる。
この野望をかなえる傀儡として選んだ相手が、ブルータス。アントニウスじゃない。
アントニウスを選んでいれば、王になれたのかもしれない。たとえ3分の1であっても、ローマを治められたのかも。
だけどカシウスが選んだのは、ブルータスだった。
それは、見込み違いか。
選び違えてしまったカシウスが愚かだったということか。
クールさの仮面を投げ捨てて激昂するカシウスは、アントニウスを否定する。
「アントニウスを選ばなかった自分を正当化するため」に、アントニウスを貶めなければならない。
さらに、この状況まで追いつめられたカシウスにとって、残っているのはブルータスだけだ。
市民はアントニウスを選んだ。カシウスの選んだブルータスを否定して。
そう、世界は無知と軽薄と悪意に満ちていて、価値があるのは自分と、自分が選んだブルータスしかない。
カシウスには、ブルータスしかいない。
「立ち位置」的にも、そして自分の精神的優位、存在意義を確立するためにも、ブルータスを必要とし、ブルータスのすばらしさを認め、愛さなければならないんだ。
「この男をすばらしい人物だと認めなさい。認めなければ、オマエを死刑にします」
「この男を愛しなさい。この男に愛を告げなければ、オマエを死刑にします」
運命の女神が、そう命令している。
他に選びようのない二者択一。
ブルータスはすばらしい、ブルータスを愛している。……そう定義づけなければ、カシウスは破滅する。
カシウスは、ブルータスを愛しているのか?
愛しているとして、その愛は本物か?
他に選択肢がなかったから、自分を守るためだけに、ブルータスを愛したのだとしたら、それは本当の意味で愛したことにはならないだろう。
と、ここまでが状況確認と疑問提示。
わたしの結論は最初に書いた。
それでも、カシウスが、ブルータスを好きだったのはほんとうだと思う。
なにもかも失ったカシウスは、ブルータスを愛するしかない状況だった。
……だから愛した。という側面も、たぶんある。
自分を守るために、自分に利益をもたらす相手に好意を持つのは人間の本能だから。
でもそれ以上に、ほんとーに、好きだったんだよ。
最初はたしかに、ただ利用していただけだったんだろうけど。
本人が言っている通り、カエサル暗殺後の市民への演説、アレがポイントだったんだろうとは思う。
今まで他人を見下し、偽りで操ることしかしてこなかったカシウスだ、嘘偽りない真心で多くの人々の気持ちを動かしたブルータスを見て、目からウロコだったんだろう。
嘘やお世辞、脅しや利益でしか、人間の心は動かないと思っていた。そーやってカシウスは人を動かしてきた。
それがどうだ。
ブルータスはチガウ。人の心の美しい部分で、人を動かしてみせる。
そのことに、純粋に感動した。
その直後。
アントニウスが、なにもかもひっくり返す。
言葉巧みに市民を扇動し、誘導し、洗脳する。市民を動かすのは狭小な人情と、金。
アントニウスがやって見せたことこそ、カシウスが今までやってきたことだ。
相手が望むコトバを口にしてやり、持ち上げ、気持ちよくしてやる。さらに利益があることを教える。……そーやって人を操ってきた。
見せつけられたのは、自分の暗部、歪んだ鏡。
善意のブルータスのあとで見れば、その醜さが際立つ。
しかも。
アントニウスの方が、カシウスより遙かに大物なのだ。
カシウスがちまちまやってきたのと同じ方法論で、大勢の市民たちを一瞬で傀儡に変えてしまった。
コレは、効くだろ。
人生観変わるぐらいショック受けても仕方ないだろ。
なまじ自分を「非凡」だと信じてきた男だから。
カシウスは、「世界」に否定された。
自分にはあると信じていた翼が、ただの思いこみ、偽物に過ぎないことを知らされた。
「私は嫌だ! 私はチガウ! 私は戦う!」
アントニウスを否定し、アントニウスを選んだ民衆を否定し、アントニウスを選んだ「世界」を否定する。
駄々をこねる子どものように。
その情けない姿が。
自分のレーゾンデートル崩壊を認めまいとあがいている大人と、自分の好きなモノを貶められたことに憤るガキ、両方に思えるのよ。
利用していたくせに、見下していたくせに、ブルータスが他人から蔑まれると、ムカつくんだね(笑)。
いや、人格者ブルータスを見下していたのは自分だけだった。特別なカシウスだからこそ、ブルータスごときどうとでもできた。
そんな自分が、ブルータスのすばらしさを彼の演説によってはじめて感じたところだったのに。それを自分の嫌な部分だけで構成されたようなアントニウスによって貶められるなんて。
アントニウスは、歪んだ鏡。
冗談じゃない、俺はあんなに醜くない。
俺には崇高な理想があるのだから、私欲で動いているアントニウスとはチガウ。
理想ってなにさ? 他人を騙し利用することを正当化できるナニがあるというんだ? ーーというツッコミは今は置いておく。
カシウスが自分を正当化していること自体が、「どんなに悪い結果に終わった行いも、元は善意からはじめられたのだ」というコトバに集約されているんだよね。
アントニウスに貶められることによってはじめて、カシウスは自分の心を知る。
ブルータスを、愛していると。
民衆がアントニウスを選んだことが許せない。俺のブルータスがあんな男以下だと評価されるのが許せない。民衆の支持を失い、みじめに追われるなんて許せない。
アントニウスを罵るカシウスの、情けない格好悪い姿が、もう。
あー、そんなにブルータスが好きかぁ……。
そんなに、自分のことを好きでいたいのかぁ……。
そうやって、心を守るしか、ないんだね。そこまで、追いつめられてしまったんだね。
「ブルータス、歌ってくれ!」
すがりつくように言う。
カシウスが持っている唯一のもの、彼が選び、彼が愛し、彼を救うただひとつのもの、ブルータス。
ローマはみんなのもの、と歌うふたりは、「世界にたったふたりきり残された、最期の絆」そのものだ。
カシウスは、ブルータスを愛していた。
自分を守るための、ずるいものが含まれていたにしろ。そうするしか、他に選択肢がなかったのだとしても。
それでも、愛している。
美しいだけでも正しいだけでもなくて。
汚くて間違っている部分も含めて。
カシウスが、ブルータスを好きだったのは、たしかだと思うんだ。
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