白に染まる日。
 次々と白い服の人たちが走り出てくる。
 ある人は泣きながら、ある人はハイテンションのまま。

 白い服の人たちは、事前に練習していた通りに所定の位置につく。
 芸能人のさゆりもいた。彼女は後ろにいるわたしたちに向かって、大きく泣き真似をして見せた。実際、たくさん泣いたんだろう、そんな感じで。彼女も特別扱いはなく、ふつーにガードに入った。

 あらかじめ敷かれていたカラーシートが、白に染まる。白い服の人たちで埋まっていく。
 一般人は彼女たちの後ろにしか立てないから、たちまち視界から消える。
 なにかもが、白。他の色は、世界から消える。

 運び込まれていた白薔薇がパレード沿道に並べられ、白い服の人たちは声掛けの練習をはじめる。

 用意が調っていく。

 祭りがはじまる。

 
 そう。
 これは、必要なことだ。

 祭祀。
 神がいるかどうかは論点ではない。
 神を必要とする人の心のために、祭りはあるのだ。

 日常ではない「ハレ」の日。
 闇と光が交ざり、邪と聖が隣り合う日。

 すべては、ひとのこころのために。

 
 「イベント」としてのこの宙楽のセッティングをずっと眺めてきた。
 壮大な祭り。大きなイベント。
 たくさんの人が働き、ひとつの目的のためにひとつになっている。

 それを眺め、場所取りというカタチで「参加」しているわたしは、昂揚していた。

 今、歴史が動いている。
 歴史に残る1日を、体験している。
 その高揚感。
 イベントが大きければ大きいほど、わくわくする。

 退団して欲しいわけじゃない、失いたいわけじゃない。ただ、それとは別に、この退団のためのセレモニーが、派手であればあるほど愉快なのだ。
 彼らのための「祭り」が特別なものであって欲しいのだ。

 
 準備完了のあと、待ち続けた時間からすればあっという間に、祭りははじまった。
 退団者が花道を歩いてくる。まさに、花道。花で飾られた道。
 夕暮れ。
 拍手とフラッシュの光、潮騒のような歓声。

「きれいね」
「きれいね」
 見守る人たちが、口々に言う。
 タカラジェンヌは、みんなきれい。
 退団する人たちは、みんなきれい。

 
 花總まりが現れたとき、わたしはそれでもまだ、信じられずにいた。

 袴姿で歩いてくる女の子。
 あれは誰。

 花ちゃんなの?
 ほんとうに?

 あまりにちょこんと、華奢で小さな女の子。
 舞台での花ちゃんを小さいと思ったことはないし、実年齢も君臨してきた年数も知っている。
 それでも目の前を歩く花ちゃんは、とても幼くかわいらしい儚げな女の子だった。

 ああ、ミーミルか。
 ミーミルやった子だ。

 伝説の『白夜伝説』を観たとき、幕間にプログラムのページをめくった。あのミーミルって役をやった子、誰? あんな子いた?
 そして、見つけた写真に、愕然とする。写真の小ささと、位置に。こんなに下級生なの?
 ……それと、カオに。
 いやその、花ちゃん当時すごい写真写りでね……舞台のかわいらしさと素顔のギャップは、ものすごいものがありましたのよ。

 あの幕間を思い出した。

 そっか、ミーミル役の子だ。

 見つけた。
 妖精・花總まり。

 ここにいたんだね。

 わたしのなかで、ミーミルと目の前の女の子がつながった。
 あの子誰? と白黒のプログラムのページをめくった、あのとき。
 わたしが「花總まり」と出会ったあのときに、「今」がつながった。
 メビウスの輪のように。

 
 ぐるっと回って、最初に戻ったというなら。
 これで終わりはおかしいよ。
 まだまだ、見ていたいのに。いてほしいのに。

 まだ。
 ……そう思う気持ちを残して、花ちゃんは車の中に消える。花で飾られたガラスの中は見えない。

 暮れはじめてからは、早い。世界が「夜」に飲み込まれるのは。

 あんなに明るかった世界は、いつの間にか夜になっている。花道を歩く退団者の顔が見えにくくなっていることに、太陽の不在に気づく。

 
 残された退団者はひとり。

 たかちゃんの登場を前に、祭りは「夜」に突入した。

 真の「祭り」は夜に催される。儀式だから。祈りだから。
 篝火と詠唱と、荘厳な祭礼具と。

 どうか、壮大であれ。
 わたしたちの愛した人に相応しく。

 派手で、大仰で、美しく。
 「記念」になることで、想い出を作って。行き場のない想いを浄化させて。

 祭りは、大きい方がいい。
 昂揚と恍惚にすべてを忘れ、酩酊できるように。

 和央会は、それを理解しているようだ。
 神官たちは祭儀を執り行う。
 人々の期待のままに。

 まず、白い花で埋まったオープンカーが現れた。

 ド派手な車、ド派手な装飾。
 歓声が上がる。高まる興奮。

 それが覚めやらぬうちに、次の歓声が和央会の間を伝言ゲームのように伝わる。「絨毯だって」「赤絨毯やるって」……彼女たちのささやきは、スタッフが朱の絨毯を抱えて現れたときに、歓声に変わる。

 赤絨毯登場。

 映画で見るような巻かれた絨毯を、くるくる転がしながら広げていく。
 その贅沢感。

 絨毯のセッティングが終わらないうちに、次の歓声が上がる。
 報道席の後ろで作られていたお立ち台が、数人がかりで運び込まれてくる。

 お立ち台登場。

 生きた白薔薇で埋められた、ありえないほど豪華なお立ち台。
 報道席前に設置され、動かないように固定したり、さらに花を運んで周囲を飾ったりと、天井知らずの贅沢さ。

 しかもこのお立ち台、ただの台ぢゃないんだ。

 お立ち台の、ライトが点灯した。

 白い花の間から、やさしい黄色い光が灯る。
 幻想的な美しさ。
 上がる歓声。

 なになに、あそこにたかちゃんが立ってくれるの? それなら、後ろの人たちにも姿が見えるね。
 わざわざああやって台まで作ったんだから、あそこでしばらく立ち止まるってコトだよね? それなら、いままでのトップさんたちより長く見られるってコトだよね。

 それだけでもよろこんでいたというのに。

 スタンドマイク登場。

 さらに盛り上がる歓声。
 マイクがセットされたってコトは、たかちゃん、喋る?
 これまでのトップさんは生声で「ありがとう」とか言ってくれるだけで、ちゃんとした長い挨拶はしてくれなかった。つか、できなかった。
 でもマイクがあるなら、単語以外のちゃんとした言葉を話すことができる、そのつもりのはず。

 声が聞ける? という期待で盛り上がる人々の耳に。
 突然、音楽が届いた。

 生演奏開始!

 パレード沿道の一角に、不自然に白木のラティスで囲った空間があったけれど。
 そこにエレクトーンが運び込まれていたらしい。

 どこまでやるんだ和央会!
 派手さが小気味いい。

 そう、どこまでも盛り上げて。
 わたしたちの愛したあの人に相応しく。
 あの人が特別だということを、知らしめて。

 世界はすっかり夜。
 地球の半分は、太陽の影に入ってしまった。

 だけどわたしたちが待つのは光。
 まぎれもない、光。

 
 そして、待ち人が……和央ようかが、現れた。


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