彼女のしあわせ。@ある物語。
2006年2月12日 タカラヅカ「オスカルお姉ちゃまのブログを見ちゃったの。AAいっぱいでえんえんフェルゼン萌え〜って意味のことばっか書いてあるの!」
「フェルゼン? あのスウェーデンの色事師? 不倫二股まかせろの?!」
「まああ、オスカルってばほんとに見る目がないわね!」
「あんな男に夢中になって、結婚もせずにフラフラしてるの?」
なにがウザイって、毎日実家に集まって、うわさ話をするしか能のない小姑たちだ。
30代独身子ナシ、キャリアウーマンのオスカルは、心からうんざりしていた。
嫁に行った5人の姉たちは、毎日子連れで実家に集まってはくだらない時間を過ごしている。彼女たちの興味は噂と愚痴、自分の目に映る範囲の物事のみ。世界情勢も経済もなにも知らない。
結婚もせず子どもも産まず、仕事ばかりをしているオスカルを理解できない彼女たちは、オスカルを憐れんでなにかと世話を焼く。
日記を盗み読むのも精神状態や人間関係を邪推するのも、みんなみんな「オスカルのために」やっていること。自分の価値観のみを正義と信じる人たちと議論しても時間の無駄だ。オスカルはすでにあきらめている。
小姑たちの価値観その1・「女は恋をし、男のことだけを考えていなければならない」→好きな男がいない女など、精神的・肉体的に欠陥があるにちがいない。可哀想だから、わたしたちがなんとかしてあげなければ!
→「対策」好きな男はいる。が、決して結ばれない相手である。盗み読みされることを前提に、日記を書いておく。
小姑たちの価値観その2・「女は結婚し、子どもを産まなければならない」→結婚もしない、子どもも産まない女など、精神的・肉体的に欠陥があるにちがいない。可哀想だから、わたしたちがなんとかしてあげなければ!
→「対策」私ってこれでいいのかしら。いいえ、これでいいのよ! と、ことあるごとに「自問自答している」ポーズを見せつける。彼らの理解できる範囲で、理解できる悩み(もちろん嘘だが)を打ち明けてやる。
とまあ、こんな生活を続けていたのだ。
小姑たちがうるさいから、家ではオスカルはずっと猫をかぶって生きていた。わざとらしく内股で歩いてみせ、「お母様」「お姉様」とシナを作って甘えてみせたり、弾きたくもないバイオリンを女の子らしい仕草で弾いてみたり、日々努力を重ねてきた。
本来のオスカルは、凛々しくクールで、ふてぶてしささえあるオトコマエな人間だ。
噛みついてくる部下の男に、余裕の微笑みで対峙するくらい、性別を超えた強さを持っている。
人生に迷いなんぞないし、自分のすべきこと、やりたいこともわかっている。
もしも、ほんとうに「オスカル」という人間を理解しているのなら、彼女に「女なんだから」という価値観を押しつけはしなかっただろう。
今の職場で、部下の荒くれ男たちを統率している姿を見れば、わかるはずだ。
ニヒルな笑みを浮かべ、淡々とされど活き活きと指揮を執っている誰よりも頼もしい人物。それこそが、「オスカル」の真の姿だと。
だが、固定概念に凝り固まった狭量な者たちは、なにも見ようとはしない。
家族たちは口を揃えて「女には女のしあわせが」と言い、善意の皮をかぶった厚かましさでプライバシーを侵害し、自分の価値観のみを押しつける。
それでもオスカルは、家族にそれなりの愛情を持っていたので、黙って耐え続けていた。
なんとか耐えられる。だって私は、あの針のむしろのような家庭だけが人生のすべてじゃないもの。私には仕事がある。職場にいるときこそが、私の本当の人生だもの。
今の職場だって、苦労の末にようやく得ることが出来たのだ。
最初オスカルが配属されたのは、「家柄さえよければそれでヨシ」のお飾り職だった。きれいな制服を着て、にっこり笑ってさえいればいい、そんな仕事。
それでも姉たちとちがい、外で仕事をしているというだけでうれしかったのだが……年を取るにつれ、そんなお飾り職ではなく、ほんとうの意味でのやりがいのある仕事をしたいと思うようになった。お人形さんのままでなんかいたくない……父や上司と揉めながら、ようやく現在の職場に転勤することが出来たのだ。
私には、仕事がある。私を信じてくれている部下たちがいる。
その想いがあるからこそ、あんなひどい家庭でも耐えていられたのだ。
しかし。
ついに、オスカルは決意をした。
家を捨てることを。
自分らしく生きることを。
両親や姉たちの「女なんだから」というドリームを壊さないよう、あれほど日々耐え続けてきたというのに。
職場だけを聖地として、心のバランスを取ってきたのに。
それすら、踏みにじられたのだ。
今のオスカルの職場は、「家柄さえよければヨシ」で無能な者が大きな顔をしていられるような、おきれいな囲いの中ではない。
そこの社員たちは「いい家のお嬢さん」であるだけでオスカルを尊敬したり従ったりしない。
「女の命令なんか聞けるか」と主張する男たちを、実力でねじ伏せた。家柄でもなく性別でもなく、オスカル個人をチーフとして認めさせたのだ。もとが素直な彼らは、オスカルの持つ背景など関係なく、彼女を尊敬し、慕うようになった。
オスカルは生まれてはじめて、のびのびと呼吸が出来るようになっていた。ありのままの自分でいられる場所を得たのだ。それを許してくれる仲間を得たのだ。
部下たちの信頼を力に、オスカルは今日も職場でアホウ上司とやり合っていた。正しいのはオスカルだ。理論で負けそうになると上司は「女のくせに、生意気な」と負け犬の常套句を吐いた。論旨を曲げて、反則勝ちしようというのだ。
逃がす気などないオスカルが、追撃しようとしたときに。
「上司に向かって、なんという口の利き方だ」
突然オスカルの父親が現れ、わけのわからない仲裁をしたのだ。論理も常識もない、ただ娘を殴りつけて黙らせる、という最低最悪な方法で。
なんで仕事でいちいち親が出てくるのよ、信じられない。いやありえないだろふつー。
14歳で入社して以来勤続20年、30過ぎてなお親の監視付きの職場なんて。縁故就職なんかした私がバカだった。支店に転勤しよーがどうしようが、いちいち「家」だとか「親」だとかがまとわりつく。
たしかに、オスカルの父もこの会社の幹部役員である。だからといって、畑違いの部署に乱入してきて、部下たちの前でオスカルを殴りつけて黙らせるというのは、度が過ぎている。この段階でオスカルは、「こいつ、マジでもうダメだ」と内心考えてはいた。
それでも、それもまた「過保護が過ぎる親のアホウな愛」だと自分を納得させようとしてはいたのだ。
だが、しかし。
このアホウ父親ときたら、そのうえ縁談まで持ち出したのだ。
今まさに、いちばん人生で輝いた充実のときを送っている娘に、それらを全部捨てて、彼女にとってもっとも苦痛な「固定概念」の中だけで生きろ、と命令したのだ。
しかもその縁談のチョイスっぷりがひどい。オスカルが本社勤務だったころ部下だった男が相手だという。
仕事において自分より下だった男と、結婚しろだ? しかも本社勤務のころって、「家柄さえよければソレでヨシ」な男ばっかだったんですけど? そこの仕事に疑問を感じて転勤した人間に、そこで疑問を感じずに生きているよーな男と結婚しろと?
オスカルは絶望した。
就職することを許してくれた父だけは、まだ自分を少しは理解してくれているのかもしれないと、はかない望みを持っていたのに。
彼もまた、オスカルの本質などまったく顧みもせず、自分の正義のみを押しつけてくる人間だったのだ。
どうしよう。
私にはもう、帰る家がない。
どうやって縁談を断ろうかとアタマを抱えているときに、もうひとつオスカルに難問が沸いて出た。
幼なじみのアンドレから、突然愛を告白されたのだ。しかもこの男、告白の仕方がとんでもない。「俺のモノにならないから、殺してしまおうと思った」そうで、オスカルを毒殺しかけたのだ。思考がナチュラルにストーカー。
アンドレはオスカルの家の使用人だ。身分違いっちゅーことで、ひとりでテンパっていたらしい。……身分云々より、まずは相手の気持ちだろう。好きでもない男に無理心中未遂されたんじゃ、オスカルもたまらない。
今の部署に転勤になってから、オスカルはアンドレを遠ざけていた。他意はない。仕事がたのしくて仕方ないので、お目付役なんぞにうろうろされたくなかったのだ。しばらく顔を見ていないなと思ったら、いきなり毒殺かよ。
アンドレだけは、オスカルにドレスを着ろだとか女は女らしくしろだとか言わなかったのに。それはオスカルの生き方を理解していたというより、たんに惚れていたからなにも言う気がなかったということか。
オスカルは、決意した。
家を捨てることを。
それまでの自分の人生を捨て、新たにやり直すことを。
折しも職場では、新規プロジェクトの件で現場と上層部が対立していた。オスカルの部下たちは、自分たちが利用されて切り捨てられることを予感して騒ぎ立てていた。
「私が直接指揮を執る」
オスカルは、部下たちにそう宣言した。上層部側についたりしない。お前たちと心中する覚悟だと。
オスカルの表情に、曇りはなかった。
そう。オスカル個人に心酔しているこの部下たちの力を借りて、古き因習に充ちた「家」と「同族会社」とに決別するのだ。
もうひとり、力を得たい相手がいた。部下、という立場ではなく、オスカルのためだけに手足となって骨身を惜しまず働く男手が必要だった。
冷静に白羽の矢を立てたオスカルは、真夜中にその相手を自室に呼び出した。
上着を脱ぎ、女らしい服装になる。わざとらしく、シナを作って坐ってみせる。わざとらしく、弱音なんか吐いてみる。……なにもかもわざとらしいし、心なんかこもってるはずもないが、なにしろ相手はオスカルにベタ惚れだ。そんなこと気づきゃしねえ。
されど相手はあまりにヘタレで鈍感なので、オスカルがここまで腹をくくって色仕掛け(かなり低温)していても、踏み出してこない。
面倒になったオスカルは、つい「HOW TO 色仕掛け」のルールを忘れて叫んでしまう。
「アンドレ、私を抱け!」
……身も蓋もないし、抱けもなにも、オスカルあんた低温なままんなこと言っても色気もなにもあったもんぢゃあ……てな投げやりさだったが、なにしろ相手は以下略、「俺は今日まで生きてきてよかった!」とかなんとか、感動して天に向かって吠えていたので、万事良好。
こうしてオスカルは、「ジャルジェ家のオスカル」という鎖を断ち切るための賭に出た。
誰にも邪魔されず、華々しく人生をリセットするために。
翌日オスカルは、くだんのアホウ上司に辞表を叩きつけた。ただ辞めるだけではない、造反だ。部下たちはみな、オスカルについていくことを表明している。
それまで堪り堪っていた鬱憤すべてを吐き出し、ついでにアホウ上司の顔を潰して溜飲を下げ、オスカルは晴れやかに笑った。
しなやかでしたたかな、美しい獣。
それが、家族も上司たちも、誰もはじめから見ようとしなかった「人間・オスカル」のほんとうの顔だった。
「フェルゼン? あのスウェーデンの色事師? 不倫二股まかせろの?!」
「まああ、オスカルってばほんとに見る目がないわね!」
「あんな男に夢中になって、結婚もせずにフラフラしてるの?」
なにがウザイって、毎日実家に集まって、うわさ話をするしか能のない小姑たちだ。
30代独身子ナシ、キャリアウーマンのオスカルは、心からうんざりしていた。
嫁に行った5人の姉たちは、毎日子連れで実家に集まってはくだらない時間を過ごしている。彼女たちの興味は噂と愚痴、自分の目に映る範囲の物事のみ。世界情勢も経済もなにも知らない。
結婚もせず子どもも産まず、仕事ばかりをしているオスカルを理解できない彼女たちは、オスカルを憐れんでなにかと世話を焼く。
日記を盗み読むのも精神状態や人間関係を邪推するのも、みんなみんな「オスカルのために」やっていること。自分の価値観のみを正義と信じる人たちと議論しても時間の無駄だ。オスカルはすでにあきらめている。
小姑たちの価値観その1・「女は恋をし、男のことだけを考えていなければならない」→好きな男がいない女など、精神的・肉体的に欠陥があるにちがいない。可哀想だから、わたしたちがなんとかしてあげなければ!
→「対策」好きな男はいる。が、決して結ばれない相手である。盗み読みされることを前提に、日記を書いておく。
小姑たちの価値観その2・「女は結婚し、子どもを産まなければならない」→結婚もしない、子どもも産まない女など、精神的・肉体的に欠陥があるにちがいない。可哀想だから、わたしたちがなんとかしてあげなければ!
→「対策」私ってこれでいいのかしら。いいえ、これでいいのよ! と、ことあるごとに「自問自答している」ポーズを見せつける。彼らの理解できる範囲で、理解できる悩み(もちろん嘘だが)を打ち明けてやる。
とまあ、こんな生活を続けていたのだ。
小姑たちがうるさいから、家ではオスカルはずっと猫をかぶって生きていた。わざとらしく内股で歩いてみせ、「お母様」「お姉様」とシナを作って甘えてみせたり、弾きたくもないバイオリンを女の子らしい仕草で弾いてみたり、日々努力を重ねてきた。
本来のオスカルは、凛々しくクールで、ふてぶてしささえあるオトコマエな人間だ。
噛みついてくる部下の男に、余裕の微笑みで対峙するくらい、性別を超えた強さを持っている。
人生に迷いなんぞないし、自分のすべきこと、やりたいこともわかっている。
もしも、ほんとうに「オスカル」という人間を理解しているのなら、彼女に「女なんだから」という価値観を押しつけはしなかっただろう。
今の職場で、部下の荒くれ男たちを統率している姿を見れば、わかるはずだ。
ニヒルな笑みを浮かべ、淡々とされど活き活きと指揮を執っている誰よりも頼もしい人物。それこそが、「オスカル」の真の姿だと。
だが、固定概念に凝り固まった狭量な者たちは、なにも見ようとはしない。
家族たちは口を揃えて「女には女のしあわせが」と言い、善意の皮をかぶった厚かましさでプライバシーを侵害し、自分の価値観のみを押しつける。
それでもオスカルは、家族にそれなりの愛情を持っていたので、黙って耐え続けていた。
なんとか耐えられる。だって私は、あの針のむしろのような家庭だけが人生のすべてじゃないもの。私には仕事がある。職場にいるときこそが、私の本当の人生だもの。
今の職場だって、苦労の末にようやく得ることが出来たのだ。
最初オスカルが配属されたのは、「家柄さえよければそれでヨシ」のお飾り職だった。きれいな制服を着て、にっこり笑ってさえいればいい、そんな仕事。
それでも姉たちとちがい、外で仕事をしているというだけでうれしかったのだが……年を取るにつれ、そんなお飾り職ではなく、ほんとうの意味でのやりがいのある仕事をしたいと思うようになった。お人形さんのままでなんかいたくない……父や上司と揉めながら、ようやく現在の職場に転勤することが出来たのだ。
私には、仕事がある。私を信じてくれている部下たちがいる。
その想いがあるからこそ、あんなひどい家庭でも耐えていられたのだ。
しかし。
ついに、オスカルは決意をした。
家を捨てることを。
自分らしく生きることを。
両親や姉たちの「女なんだから」というドリームを壊さないよう、あれほど日々耐え続けてきたというのに。
職場だけを聖地として、心のバランスを取ってきたのに。
それすら、踏みにじられたのだ。
今のオスカルの職場は、「家柄さえよければヨシ」で無能な者が大きな顔をしていられるような、おきれいな囲いの中ではない。
そこの社員たちは「いい家のお嬢さん」であるだけでオスカルを尊敬したり従ったりしない。
「女の命令なんか聞けるか」と主張する男たちを、実力でねじ伏せた。家柄でもなく性別でもなく、オスカル個人をチーフとして認めさせたのだ。もとが素直な彼らは、オスカルの持つ背景など関係なく、彼女を尊敬し、慕うようになった。
オスカルは生まれてはじめて、のびのびと呼吸が出来るようになっていた。ありのままの自分でいられる場所を得たのだ。それを許してくれる仲間を得たのだ。
部下たちの信頼を力に、オスカルは今日も職場でアホウ上司とやり合っていた。正しいのはオスカルだ。理論で負けそうになると上司は「女のくせに、生意気な」と負け犬の常套句を吐いた。論旨を曲げて、反則勝ちしようというのだ。
逃がす気などないオスカルが、追撃しようとしたときに。
「上司に向かって、なんという口の利き方だ」
突然オスカルの父親が現れ、わけのわからない仲裁をしたのだ。論理も常識もない、ただ娘を殴りつけて黙らせる、という最低最悪な方法で。
なんで仕事でいちいち親が出てくるのよ、信じられない。いやありえないだろふつー。
14歳で入社して以来勤続20年、30過ぎてなお親の監視付きの職場なんて。縁故就職なんかした私がバカだった。支店に転勤しよーがどうしようが、いちいち「家」だとか「親」だとかがまとわりつく。
たしかに、オスカルの父もこの会社の幹部役員である。だからといって、畑違いの部署に乱入してきて、部下たちの前でオスカルを殴りつけて黙らせるというのは、度が過ぎている。この段階でオスカルは、「こいつ、マジでもうダメだ」と内心考えてはいた。
それでも、それもまた「過保護が過ぎる親のアホウな愛」だと自分を納得させようとしてはいたのだ。
だが、しかし。
このアホウ父親ときたら、そのうえ縁談まで持ち出したのだ。
今まさに、いちばん人生で輝いた充実のときを送っている娘に、それらを全部捨てて、彼女にとってもっとも苦痛な「固定概念」の中だけで生きろ、と命令したのだ。
しかもその縁談のチョイスっぷりがひどい。オスカルが本社勤務だったころ部下だった男が相手だという。
仕事において自分より下だった男と、結婚しろだ? しかも本社勤務のころって、「家柄さえよければソレでヨシ」な男ばっかだったんですけど? そこの仕事に疑問を感じて転勤した人間に、そこで疑問を感じずに生きているよーな男と結婚しろと?
オスカルは絶望した。
就職することを許してくれた父だけは、まだ自分を少しは理解してくれているのかもしれないと、はかない望みを持っていたのに。
彼もまた、オスカルの本質などまったく顧みもせず、自分の正義のみを押しつけてくる人間だったのだ。
どうしよう。
私にはもう、帰る家がない。
どうやって縁談を断ろうかとアタマを抱えているときに、もうひとつオスカルに難問が沸いて出た。
幼なじみのアンドレから、突然愛を告白されたのだ。しかもこの男、告白の仕方がとんでもない。「俺のモノにならないから、殺してしまおうと思った」そうで、オスカルを毒殺しかけたのだ。思考がナチュラルにストーカー。
アンドレはオスカルの家の使用人だ。身分違いっちゅーことで、ひとりでテンパっていたらしい。……身分云々より、まずは相手の気持ちだろう。好きでもない男に無理心中未遂されたんじゃ、オスカルもたまらない。
今の部署に転勤になってから、オスカルはアンドレを遠ざけていた。他意はない。仕事がたのしくて仕方ないので、お目付役なんぞにうろうろされたくなかったのだ。しばらく顔を見ていないなと思ったら、いきなり毒殺かよ。
アンドレだけは、オスカルにドレスを着ろだとか女は女らしくしろだとか言わなかったのに。それはオスカルの生き方を理解していたというより、たんに惚れていたからなにも言う気がなかったということか。
オスカルは、決意した。
家を捨てることを。
それまでの自分の人生を捨て、新たにやり直すことを。
折しも職場では、新規プロジェクトの件で現場と上層部が対立していた。オスカルの部下たちは、自分たちが利用されて切り捨てられることを予感して騒ぎ立てていた。
「私が直接指揮を執る」
オスカルは、部下たちにそう宣言した。上層部側についたりしない。お前たちと心中する覚悟だと。
オスカルの表情に、曇りはなかった。
そう。オスカル個人に心酔しているこの部下たちの力を借りて、古き因習に充ちた「家」と「同族会社」とに決別するのだ。
もうひとり、力を得たい相手がいた。部下、という立場ではなく、オスカルのためだけに手足となって骨身を惜しまず働く男手が必要だった。
冷静に白羽の矢を立てたオスカルは、真夜中にその相手を自室に呼び出した。
上着を脱ぎ、女らしい服装になる。わざとらしく、シナを作って坐ってみせる。わざとらしく、弱音なんか吐いてみる。……なにもかもわざとらしいし、心なんかこもってるはずもないが、なにしろ相手はオスカルにベタ惚れだ。そんなこと気づきゃしねえ。
されど相手はあまりにヘタレで鈍感なので、オスカルがここまで腹をくくって色仕掛け(かなり低温)していても、踏み出してこない。
面倒になったオスカルは、つい「HOW TO 色仕掛け」のルールを忘れて叫んでしまう。
「アンドレ、私を抱け!」
……身も蓋もないし、抱けもなにも、オスカルあんた低温なままんなこと言っても色気もなにもあったもんぢゃあ……てな投げやりさだったが、なにしろ相手は以下略、「俺は今日まで生きてきてよかった!」とかなんとか、感動して天に向かって吠えていたので、万事良好。
こうしてオスカルは、「ジャルジェ家のオスカル」という鎖を断ち切るための賭に出た。
誰にも邪魔されず、華々しく人生をリセットするために。
翌日オスカルは、くだんのアホウ上司に辞表を叩きつけた。ただ辞めるだけではない、造反だ。部下たちはみな、オスカルについていくことを表明している。
それまで堪り堪っていた鬱憤すべてを吐き出し、ついでにアホウ上司の顔を潰して溜飲を下げ、オスカルは晴れやかに笑った。
しなやかでしたたかな、美しい獣。
それが、家族も上司たちも、誰もはじめから見ようとしなかった「人間・オスカル」のほんとうの顔だった。
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