その昔、『誘惑』というテレビドラマがあった。
 原作は直木賞作家の連城三紀彦。わたしは原作ファンだったので、このドラマには文句がいろいろあった。
 とくに、キャスティング。
 ヒロインの人妻・篠ひろ子の浮気相手の若いイケメン役が、TMネットワークの宇都宮隆だったのよ。

 宇都宮さんは、シンガーであって、役者ではない。
 しかも、ドラマ初出演。
 超絶大根だった。
 日本語を話しているだけ。
 演技なんかとんでもない、台詞にすらなってねえ。

 なのに、篠ひろ子相手に恋愛するのよ。若いイケメンらしく、かっこよく口説くのよ。

 そのうえ、ベッドシーンまであるのよ。

 すげー、と、思った。
 宇都宮さん、なにもしてないの。
 ベッドにふたりで折り重なっていて、てきとーに動いているだけなの。
 そんな、見るからになにもしていない男を相手に。

 篠ひろ子、喘ぎまくり!!

 すげえや篠ひろ子!
 がんばれ篠ひろ子!
 マグロ男相手に、感じている演技、えんえんひとりでやってるの。

 女優ってすごい。
 ここまでやるんだ。てゆーか、やらされるんだ。
 やるしかないんだ。

 見ていて、痛々しかった。
 見ていて、切なかった。
 見ていて、いたたまれなかった。

 見ていて……爆笑した。

 
 ……そんなことを、思い出した。
 宙組バウホール公演『不滅の恋人たちへ』を観ながら。

 いやあ、この作品の見どころはなんといっても、主役のミュッセ@タニちゃんと、恋人役のサンド@るいるいのディープな愛欲シーンでねっ!

 ふたりで床をゴロゴロ転がって、愛欲に溺れるのよ。

 そこで思い出してしまったのが、宇都宮隆と篠ひろ子の『誘惑』。

 思わず手に汗握って応援してしまったもの。

 がんばれるいるい! 感じている演技をするんだ!
 男のテクニックなんぞ二の次、女の演技次第なんだから!!

 ……でもるいちゃん、篠ひろ子じゃないからなあ。てゆーかヅカだし、そこまで求められてもなあ。
 仕方ないよなあ。

 見ていて、痛々しかった。
 見ていて、切なかった。
 見ていて、いたたまれなかった。

 見ていて……爆笑した。

 いやその。
 声を殺すのに必死でした。
 すげえや。

 てゆーか太田、よくタニちゃんに、コレをやらせようと思ったな(笑)。
 その思いつきがすごいよ。
 あて書きする人なら、まずありえない。
 おもしろすぎだ。
 

 主演のミュッセ@タニちゃんは、ものすげー美しさでした。
 その美しさだけで、他のアレなこと全部誤魔化されてしまいそうなくらい、とんでもなく美しい。

 ほとんど一人芝居なので、タニちゃんがえんえんえんえん、ひとりで客席に向かってなにやら喋っているんだけど、なに言ってるのかよくわかんないや。
 美しい言葉たちが、耳の上をすべっていく。
 タニちゃんは「いつものセクスィ☆フェイス」。口を突き出して片眉上げて上目遣いする、いつものアレです。
 タニちゃんは演技の持ち合わせの少ない人なので、「セクスィ」というとコレ一本勝負。男役10年かけて会得した必殺技だ。
 コレだけで、2時間保たせた。……すげえ。

 タニちゃんの演技力は、まあ、なんだ、かなりアレだと思っている。
 わたしはね。演技なんて、好みの問題だから。

 10年掛けて「タニちゃん」と「サバティエ」の2種類を会得したんだ、あと10年掛ければもうひとつくらい演技の種類が増えるんじゃないかと期待しているよ。
 今回の役は、「サバティエ」で通していたね。大本はひとつだけど、バリエーションが増えているし、いい感じに仕上がっているのではないかしら。

 タニちゃんの魅力は、演技力ではないから。
 たとえ「太田ワールド」を表現しきれなくても、おぼえた台詞を口にしているだけであったとしても。
 ラヴシーンやエロシーンで観客が吹き出してしまったとしても。

 その美しさだけで、すべてをねじ伏せる。

 ただ美しいだけでは、ダメだと思う。
 美しいだけの人間なんか、いくらでもいるし、素顔がどうあれ舞台で絶世の美形になれる人たちだっている。

 タニちゃんが真ん中に立つ理由は、妖精であることだと思う。

 バウという閉鎖空間。
 最初から好意的な、中心に対してのベクトルを持った観客。
 たわごと芝居上等な太田作品。

 それらの要因すべてをひっくるめて、真ん中であり得る力。
 それはまちがいなく才能であり、適正の問題なんだ。

 小難しい理屈すべてをねじ伏せて、タニが光を放っている。
 それは「タカラヅカ」が持つ力であり、可能性だ。他のなににも代え難いものだ。

 だから、それでいいのだと思う。

 ……ごめん、わたしはあちこち吹き出していたけれど。
 てゆーか、わたしはそれでも必死にこらえていたけれど、わたしの隣の見知らぬ方々は、本気でラヴシーンのたびに爆笑していたけど(3列目どセンターだったのになあ)、それすら魅力だと思うよ。
 注目し、惹きつけられているのだから。

 
 なにしろ一人芝居のよーなものだから。
 相手役のはずのサンド@るいちゃんですら、ろくに見せ場もない。

 るいちゃんはコケティッシュな魅力を持つ人だが、今回はそれの発揮のしどころがなくて、くすぶっている感じ。
 もったいなくも、じれったい。

 
 そして、他の人たちは。

 この公演の出演者が決定したとき、同情したさ。
 そのまま本公演ができそうな超豪華メンバー。新公主演経験者、スター候補者がずらりと並び、そのうえ芸達者な上級生もぞろりと通常のバウ公演ではありえない顔ぶれ。なのに本専科が3人も出演。最悪なのは、そこにチャルさんが含まれていること。

 宙組組子たちは、動く背景決定か。気の毒に。

 太田せんせは、上級生しか使わない。演技できる「大人」しか大切にしない。
 勉強中の若手なんか、台詞ひとつあれば御の字だろうよ。たとえ、スター候補生たちであったとしてもだ。

 主役はきっと、チャルさんだろうなあ。
 タニちゃん、主役の扱いしてもらえるといいなあ。

 ……そんなレベルの心配をしてしまう、それが太田作品。

 そしてほんとに、危惧通りだった。
 タニは出ずっぱり喋りっぱなしだけど狂言回し的な位置。真の主役はチャルさん。
 他の豪華すぎるスター候補生たちは、動く背景。

 いちばん気の毒なのは、あひくんか。
 いてもいなくてもいい役。……バウ主演した人なのに。

 2幕しか出番がないとはいえ、ともちはまだオイシイ。あくまでも「太田作品比」においてだが。

 
 わたしは「熱血爆走タニぃファン」のジュンタン@ものすげえ回数観劇済み、の幕間解説付きだったから。
「はい、七帆の見せ場」「はい、和の見せ場」「カチャの見せ場」など、初見の人間ではわかり得ない箇所もフォローできて、助かったっす。
「1幕でともちが『姉さん!』って言ってたの、伏線だよね?」
「ちがいます。ぜんぜん関係なし。台詞も出番もないから、勝手に台詞作ったんじゃない?」
 とか、先に教えてもらえてよかったわ、ほんと(笑)。
 ありがとジュンタン。


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