オスカルは、女でありながら、男として育てられた。
 それは、オスカル本人の意志ではなかった。父が強制的にそうしただけのことで、彼女が選んだわけではない。

 幼いうちは、なんの疑問もなかった。
 性別など関係なく、与えられた世界でのみ生きる。囲いの中にいることに、気づきもせず。

 次に、悩み出す。
 女でありながら男として生きることへの疑問と葛藤。

 父もまた、自分の行いを後悔するようになった。自分の勝手な思いで、娘の人生を曲げてしまったことに気づいた。
 だから彼は、オスカルに「ふつーの女に戻ってもイイ」と告げる。

 父の強制はなくなった。
 オスカルは、自分の意志で生き方を決めることが出来る。

 そしてついに、彼女は答えを得る。

 苦悩と慟哭のなかで。
 それでも、言うんだ。

「父上、感謝いたします」と。

 父の身勝手で、ふつーなら悩まなくていいことにさんざん悩み、苦しんできたというのに。
 その苦しみすべてを、彼女は肯定するんだ。

「感謝いたします。このような人生をあたえてくださったことを。
 女でありながらこれほどにも広い世界を……人間として生きる道を……ぬめぬめとした人間のおろかしさの中でもがき生きることを」

 人間として、汚れながら生きること。

 それを彼女は、肯定するんだ。
 感謝するんだ。

 なにも知らずにきれいなままでいることよりも、より広く世界を知り、汚れ、苦しむことを、毅然と選ぶんだ。

 
 女でありながら、男として育てられた。
 ……このことに対するオスカルの意識の変化は、そのまま「貴族」にもあてはまる。

 幼いうちは、なんの疑問もなかった。
 身分など関係なく、与えられた世界でのみ生きる。囲いの中にいることに、気づきもせず。

 次に、悩み出す。
 貧しい平民の存在を知りながら、貴族として安穏と暮らすことへの疑問と葛藤。時代の流れの瞠目。

 父との確執が終結することによって、オスカルは自分の人生を自分で選ぶ覚悟を持つ。

 そしてついに、彼女は答えを得る。

 苦悩と慟哭のなかで。
 それでも、言うんだ。

「たとえなにがおころうとも、父上はわたくしを卑怯者にはお育てにならなかったとお信じくださってよろしゅうございます」

 貴族だとか軍人だとかという、狭い括りの中の話ではなくて。
 誠実さを語る。

 人間としての。

 
 だからこそ彼女は、王家を裏切り自分を培ってきたすべてを裏切り、革命に身を投じる。

 男だから女だからではなくて。
 貴族だから平民だからではなくて。

 ひとりの、人間として。

 
 そして彼女は、死の間際に言うんだ。

「神の愛にむくいる術ももたないほど小さい存在ではあるけれど……自己の真実のみにしたがい、一瞬たりとも悔いなくあたえられた生をいきた。人間としてそれ以上のよろこびがあるだろうか。
 愛し……憎み……泣き……ああ、人間が長い間くりかえしてきた生の営みをわたしも……」

 愛。憎しみ。涙。
 美しいだけじゃない、苦しさや醜さもすべて認め、受け入れ、愛した。

 ぬめぬめとした人間のおろかしさの中で、もがき生きること。

 それを肯定し、それでも人間を愛し、おろかな人間のひとりとしてその生をまっとうすること。

 そのことに、微笑んで死んでいけること。

 それが、オスカル・フランソワだ。

 
 目の前でアンドレが撃たれ、取り乱すことも、アンドレを助けたい一心で戦場を離れることも。……指揮官としては失格だけど、そうせずにはいられない愚かしさを自覚しながら。
 かっこわるい、みっともない、等身大の「人間」としての、オスカル。
 それらをすべて肯定して、彼女は最期に微笑む。

 自由、平等、友愛。この崇高なる理想の、永遠に人類のかたき礎たらんことを。
 フランス万歳。

 
 彼女の生き様は、現代のわたしたちとなんら変わることはない。

 好きで女に生まれたわけでもないし、今の親と今の名前、今の経済状況、このカオで生まれたわけでもない。
 子どものころは、なんの疑問もなく生きていた。
 でもだんだん考えるようになる。
 わたしってナニ?
 なんのために生まれてきたの? なんのために生きてるの?
 世の中ってキタナイ。人間なんてバカばっかりだ。
 絶望しながら、のたうちながら。
 それは誰だって同じこと。
 自分が選んだわけじゃないところから、人生はスタートするんだ。

 そのうえで、どう生きる?

 オスカルはべつに、特別じゃない。
 彼女が直面する問題は、現在のわたしたちもが抱える問題。

 親の期待、決められた進路。
 自分の能力と適正への迷い。
 恋愛と仕事。
 親友と同じ相手を愛してしまう。三角関係。

 わたしだって、オスカルかもしれない。
 女性である必要はない。男性だって、あてはまるだろう。
 あなただって。

 そんな、普遍的な「ぬめぬめとした人間のおろかしさの中で、もがき生きる」ことで。
 オスカルはあざやかに光を放つ。

 誠実に、信念を貫いて。

 
 わたしだって、オスカルかもしれないのに。
 わたしができなくて落ち込んでいることを、意志を持って成し遂げてくれる彼女に、拍手を。祝福を。

 男装の麗人だから、女なのに軍隊にいるから、そんなことは、オスカルの魅力の表面を彩るひとつにしかすぎない。
 ジェンダーにとらわれるな。

 オスカルの魅力は、人間としての魅力だ。

 
 
 植爺には、どーしてそれがわからないんだろう。


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