これはすべて、夢だろうか。

 なにもかも、彼が見ている夢かもしれない。
 そう思った。博多座公演『マラケシュ−紅の墓標−』初日。

 予想通り、別ものだった。まったくもって。
 プロローグがつき、たたみかけるよーに情報が雪崩れ出す。
 まず、ギュンター@みわっち。紅い薔薇を持った黒い男。際立つ美貌、まがまがしさ。
 おちぶれた女優イヴェット@きほとその付き人ソニア@シビさん。
 測量隊として旅立つクリフォード@まっつと、彼を見送る妻オリガ@ふーちゃん。
 全員が立場と設定をがなりたて、目的地を目指す。
 彼らが向かう先。
 最果ての地、マラケシュ。

 そして、ベドウィンたちの歌になる。

 とにかく、この情報量の多さはなんなんだ。序盤の数分で、基礎知識を全部詰め込んである。
 「わかりにくい」と言われたこの物語を、オギーなりに「わかりやすく」しようとした結果だろう。
 はたしてこれは、正しいのか?
 初見の人はこれでついていけるのか? わかりやすくなっているのか? もう今さら初見の人の気持ちはわからないので、わたしには判断不能。

 砂漠では、クリフォードたち測量隊があっちゅー間に全滅し、生き残ったのはオリガの叔母がお目付役としてクリフォードについてゆかせたセルゲイ@まめだけ。
 クリフォードは、妻オリガに愛されていないことを察し、悩んでいた……ということを、砂漠で遭難する前に、わざわざハガキでオリガに送っている。
 んなハガキと「測量隊壊滅」の知らせを同時に受け取ったオリガは、自分の気持ちを確かめるためにもマラケシュを目指す。
 マラケシュでは、そこを支配するマフィアのドン・コルベット@はっちさんとその部下のリュドヴィーク@オサがパリから流れてここにたどり着いた話をしている。

 と、ここまでが「説明」。えんえんえんえん、設定を説明されてしまう。
 情報量が半端じゃない。

 前半の展開も組み立ても、まったく別ものだ。

 強まったのは、群衆劇の色。

 同じ濃度とテンションで、複数のキャラと物語が同時進行する。
 リュドヴィークはそのなかのひとりでしかない。

 どーする気なんだ、と思っていたよ。このプロローグじゃ、誰が主役か、誰の物語のなのかわからないぞ、と。

 コルベットの部下のレオン@ゆみこはマラケシュを出てパリへ行きたいと切望している。ここではないどこかへ行けば、満たされないなにかを得られると信じている。
 すさんだ目をした男、レオン。己れの力を過信する彼は、新任の警察長官ジェラール@みつるをもモノともしない。バカにし、平気でカモる。
 レオンは誰も愛していない。恋人のはずのファティマも、仲間であるはずのリュドヴィークもアリ@そのかも、そしてこの街も、すべてを否定し、ただ自分のことだけを考えている。

 若き日のリュドヴィークが愛した白鳥、イヴェット。
 だが、そこにいるイヴェットは影の薄いただの幼い美女。
 実体を伴わない蜃気楼のような女に、リュドヴィークは恋をする。

 現在のリュドヴィークに抱きつくオリガという女。リュドのなかに、失ってしまった過去という名の幸福を見る女。
 リュドはオリガを抱きしめるが、彼女には「顔」がない。女の姿をしたこの世にはないものを、リュドは切なく抱きしめている。

 際立つ群衆劇としての色。
 そして。

 リュドヴィークの孤独感。

 群衆劇だから。最初、誰が主役かも判別できないほど淡々とすべてのキャラの物語が進むから。
 同じテンションで展開されるひとりずつの物語の中、リュドヴィークひとりがちがう地球で生きていることが、見えてくる。

 リュドヴィークにはなにもない。燃える恋をしたイヴェットという女も。過去を抱きしめることで未来を見せてくれたオリガという女も。最果ての街で吹き溜まる仲間であったレオンという男も。

 誰も、リュドと同じ地平にいない。

 なんてこったい。
 春野寿美礼独走状態。
 誰も、彼のいる場所に届いていない。

 きほちゃんのイヴェットはひたすら「小物」だった。リュドヴィークが劇的に恋に落ちるようなものは、なにもなかった。
 だけどリュドは恋に落ちる。イヴェットを見つめながらも、見つめ合いながらも、ふたりは同じ地平にいない。

 ゆみこちゃんのレオンは、まさしく「いっぱいいっぱい」だった。計算しつくされた「手順」を見ているかのよう。
 ゆみこちゃんは真面目な人だと思う。頑固で努力家で、プライドが高くて逃げることをしない人だ。
 数式を解いて答えを出すことをできない人が、自分で計算できないかわりに問題集の解答を全部暗記してしまうような。
 計算できないなら、できるところだけてきとーに欄を埋めてお茶を濁し、赤点を取るのが、まあふつーだろう。だって、解けないものは仕方ないもん。
 でもゆみこちゃんは「できない」ことも「赤点を取る」ことも許さない。解けない数式なら、問題集を丸暗記してでも答えを書く。どんな数式も解答できるように、その何万倍もの数式を丸暗記する。
 数式を見ただけですらすら答えを書ける人や、「わかんないもーん」と白紙解答をする人とは、まったくチガウ。
 すごい「プロの意地」を見た。
 ここで片頬をゆがめて笑う、この台詞のこのセンテンスで眉を動かす。そんなふうに、全部理詰めで計算しつくして、演じていた。一瞬の隙もなく、高密度で創り込んである。すげえ。
 ゆみこちゃんの真面目さと舞台に対する誇りと誠実さには感動したが、なんせいっぱいいっぱいだった。手順を完璧にこなすことだけに全勢力を集中し、誰のことも見ていない、愛していない男になった。リュドもまた、そんなレオンをまったく愛していない。
 「仲間」であり、「友だち」でもあり得た、並び立つはずの男が、同じ地平にいない。

 オサちゃんと同じ場所に立ち、火花を散らすべき人たちが、誰もいなかった。
 向かい合っていても、並んでいても、オサちゃんは切ないほど孤独だった。
 誰もいないのに、壮絶に孤独なのに、それでもリュドヴィークはおだやかに微笑んでいた。わらいながら、過去の傷や罪、絶望を歌う。

 だからこそ、これは夢かもしれないと思った。
 リュドヴィーク@オサの見ている夢。

 文字数足りないんで、続く。


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