『マラケシュ・紅の墓標』東宝版では、クリフォードの出番が増えている。歌いながら銀橋を渡るシーンと、パリで螺旋階段に坐るオリガを迎えに来るところと。
 出番は増えているのに。
 存在意義が薄くなっているのは、どーゆーことですか。

 クリフォードの存在意義は、「救い」だと思っていた。このやりきれない物語の中で、彼だけがまっすぐ未来を見つめている。クリフォードがいなければ、とてもじゃないが愛と夢をうたう宝塚大劇場で上演しちゃいかんだろ、な芝居になっていたと。

 しかし、東宝版ってば。
 クリフォード……薄っ。

 理由はわかっている。
 イヴェットの心理描写を解説する歌が増え、ムラよりイヴとリュドの関係がクローズアップされているの。イヴはより主役になり、存在感を増した。
 そして。
 クリフォードとのデュエットが増えたにもかかわらず、オリガがさらに存在感をなくしてしまった。
 オリガがいるのかいないのかわかんないよーな存在にまで落ちてしまっているため、その夫のクリフォードはあおりをくったんだね。
 せっかく生きて戻ってきたクリフォードの笑顔が、救いにならない。……オリガが別の役者だったらまたちがったんだろうけど……もうどーしよーもないんだろうな、あの人。

 どーすんだコレ、と思って観ていたら。
 すごいわ。ちゃんと別のところに「救い」があった。

 イヴェットだ。

 自殺未遂のあと、付き人のソニアと共にマラケシュを去るイヴ。リュドと別れ、思い出の薔薇を返し、カウチに突っ伏して泣き崩れていた彼女。
 その彼女が、最後に笑う。
「しあわせになるわ。意地でも」と言うソニアの言葉のあと。

 銀橋でふらふらして観客にも笑われているマダム・シュザンヌを見て、イヴもまた一瞬「くっ」と笑う。そして、すぐにはっとする。まるで、笑った自分に、まだ笑うことの出来る自分に、おどろいたように。
 そのあとまた高慢な女優のカオになって、顎をあげて立ち去る。

 ああ、笑うんだ、イヴェット。
 どんなに傷ついても、死を選びかけても、傷を手首に刻んだまま、それでも生きるんだ。

 イヴェットが、「救い」だった。

 オリガがヒロインだったなら、クリフォードが「救い」になりえただろうけど。オリガが脇役でしかなく、イヴェットがヒロインとして立ってしまった今では、クリフォードのエピソードは枝葉でしかなくなってしまったんだ。

 正しく、リュドヴィークとイヴェットの物語になっていた。
 演出家がこの結果を望んだのかどうか、わからないけれど。

「リュドヴィークがなんか、いろんな人のこと愛してましたねー」
「ムラ版よりも、いろんな人のこと好きだったよねー」
 と、nanakoさんと話していたんだけど。

「でも、オリガのことは完璧に、一瞬たりとも愛してなかったねえ(笑)」

 共通認識(笑)。
 なんでリュドはあそこまでオリガを愛さないのか。彼の演技次第で、オリガの価値も多少は上がると思うけど……あっ、そうか。オリガの価値は上がっても、それじゃリュドの価値が落ちるのか。

「どんなにゆみこちゃんが素敵でも、クリフォードって役じゃあなんかかなしいものがあるというか。出番が少ないとかいう問題じゃなくて」
 と、ゆみこファンのnanakoさん。
「そーだよなあ、あのオリガに惚れている、って段階で、男を下げてるよなあ」
「どんな女を愛するかで、男の価値って変わるし。オリガに惚れている段階で、男下げまくり」
 しかも、あのパリで一目惚れとかいうし。きっついよなあ。パリ時代のふーちゃん、壮絶に役作り失敗してるよね?
 リュドがいい男足り得る理由のひとつに、オリガのことを愛していない、というのもあるのか……しかし、それもな……。

 基本的にリュドは、自分以外を愛せない男だと思う。
 だからこそ、愛を求めているとも思う。
 ムラ版はそれが際立っていた。

 でも東宝で、リュドはいろんな人を愛していた。
 イヴを愛したことが、きっかけだろうか。
 魂の飢えに押されるよーに、互いを喰らい尽くすよーに、求め合う姿は、ひょっとしたら「愛」なんて耳障りのいいモノとは、別なナニかだったのかもしれない。
 でもたしかに彼は、自分ではない他人を求め、それゆえに傷つき、マラケシュで大人の男として微笑んで生きていた。
 だからこそ、彼の持つ孤独感、帰る家を持たない姿がかなしく見えた。

 ムラ版と東宝版、どちらの方がいいとは、一概に言えないし、言う気もない。
 ただ、「思った通り、別物になってやがるよ」とゆーだけのことだ。
 もうムラ版は消えてなくなり、もう一度会うことはできないんだな、という喪失感があるのみ。『ドルチェ・ヴィータ!』がそうであったように。

 
 これまでになくちょっとしたことで別物になるこの作品、役替わりのある博多座公演では、いったいどうなってしまうのか。
 星担のわたしとkineさんは、星東宝が終わったあとでのんびり観に行く予定だったんだが。
「初日……観たいかも」
「観たいですよねえっ?!」
「やっぱ初日行くしかないっ?!」

 えーと。
 初日、はるばる博多を目指す誓いを立ててしまいました、nanakoさんと。
 チケットもないし、金もないのに。
 もちろん、星東宝が終わってからkineさんと一緒にも観に行くし。九州在住のはなはなさんやココナッツさんにも会いたいし。
 8月は、博多往復して、翌週東京、その翌週にまた博多?! マジすか自分!!

 オギーのばかぁ、罪作り〜〜(オギーなんかい)。


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