笑顔の還る場所。@マラケシュ・紅の墓標
2005年6月14日 タカラヅカ あの人は、いつも笑っていた。
「あの男の、どこがいいんだ?」
父親が、娘に尋ねた。
「笑顔」
娘が答える。
「笑顔?」
「だってお父様、あの人はいつも笑っているわ」
「そうか……そうだな」
父親は、なにか含みのあるうなずき方をした。
「なに? どうしたの?」
「いや。私があの男を拾ったばかりのころは、まったく笑わない男だったからさ」
「笑わない?」
「そう。笑わない……あまり表情の変わらない、暗い男だった」
「若かったから?」
「そうかもしれない。なにかに飢えた、すさんだ目をしていた」
父親は遠くを見つめるように、語る。その視線の先に、過去の記憶が浮かんでいるような。
「彼女に、似ていた。なにかに急き立てられるような、暗い渇望。傷。孤独。救いを求めているのか、とどめを求めているのか、おそらく自分でもわかっていない、傷ついた獣の瞳」
「彼女って?」
「前に話したかな。パリにいたころ、ある女優の後援をしていて……もちろん、経済的にだけだが」
わざわざひとこと付け加える父親に、娘は微笑む。
「その女優さんに似ているの?」
「ああ。一目でわかったよ。何故あのふたりが、惹かれ合ったのか」
「惹かれ合った……」
「昔の話さ」
昔、あの男はひとりの女優と出会い、恋に落ちた。手負いの獣の目をした男と女。
今、男は女優と別れ、この最果ての街で生きている。
「お父様と話しているとき、あの人はいつも笑っているわ」
「そうだな」
「お父様のことが、好きなのね」
「さて」
「ホテルにいるマダムたちを相手にしているときも、笑っているわ」
「マダムたちを好きだから?」
「嫌ってはいない。でも……仕事半分? そのお仕事自体、べつに嫌いでもなさそう」
「上流階級のご婦人方のお相手は、あの男の得意とするところだ」
「お友だちと話しているときも、あの人は笑ってる」
「友だち?」
「レストランを経営している人よ。ベルベル人とのハーフの」
「ああ。そうだな、しょっちゅうケンカしているようだが……たのしそうでもあるな」
「白人だけに限らないわ。ベドウィンの兄妹と話すときだって、笑ってる」
「たしかに……いつも、笑っている、か。いつの間にか、笑うことをおぼえたんだな。それだけ時が流れたということか」
「わたしと話すときも。……あの人は、笑っている」
「お前だけの微笑みじゃない」
「そう。わたしにだけ、笑ってくれているわけじゃない」
むしろ、あの男は娘のことをあやすようにしか笑わない。娘のことを子ども扱いすることをやめない。
「でも、あの人は笑っているわ。この街で。この場所で。昔なんて知らない。あの人の、笑顔が好き」
あの人は、いつも笑っていた。
娘の結婚が決まった。転がり出せば、話はあっという間にまとまった。
「あの青年の、どこがいいんだ?」
父親が、娘に尋ねた。
「笑顔」
娘が答える。
「笑顔?」
「だってお父様、彼はいつも笑っているわ」
「お前にはな」
娘が結婚相手に選んだのは、真面目を絵に描いたようなロシア人の若い弁護士だった。
「誰にでも笑いかけるわけじゃない。でも、お前にだけはとろけそうな笑顔を見せる」
「彼が微笑むときは、ほんとうにうれしいときやたのしいときよ。まっすぐな人。嘘がないの」
「あの男と違って?」
娘がずっとあこがれていた、あの男。最後まで娘のことを恋愛対象には見なかった、過去を見つめ続けた男。
「あの人の笑顔だって、嘘じゃないわ。お父様に向けていた笑顔も、お友だちに向けていた笑顔も、本物よ。もちろん、わたしに見せてくれた笑顔だって。ただ……」
ただ、微笑んで生き続けるには、あの男の魂の荒涼は収まりきらなかった。
「微笑んでいられる場所が、その人の居場所だと思う。帰る家だと思う。あの人はこの街で、微笑んでいた。でもあの人は、それをよしとしなかった」
あの人は、いつも笑っていた。
娘の婚約者が、彼女を迎えにやってきた。これからふたりでウェディングドレスを見に行く。
娘は父の隣から立ち上がり、恋人のもとへ駆け出そうとして。
ふと、父親の耳元に唇を寄せた。
「彼、どことなく、顔立ちがあの人に似てるわよね?」
秘密の話。
ソファに坐ったままの父親は、娘を見上げる。
娘は、女の顔で笑っていた。
☆
リュドヴィークに会いたい。
会いたいがつのって、出かけてきました、花組東宝公演『マラケシュ・紅の墓標』
そこそこの席でないと遠征する気になれないので(笑)、勢いづけに「宝くじ貸切」に行って来ました。座席は当日抽選、ひょっとしたらよい席Getできるかも、と夢を見て。
ペアで手に入れたチケットだったので、東京在住オギーファンのオレンジや、HOTEL DOLLYの面々をさらりと誘ってみたものの、んな間際になっての平日昼間、誘ってもみんな動けないわな。みんなにフラれ(笑)、「いいよ、ひとりで2回抽選して、いい方の席で観てやる」と思ってたんですが、相方に名乗りを上げてくれる人がおりました。
ありがとー、ジュンタさん。初お目見えですよ。
んでもってジュンタさんと会う前にひとりで当日券に並んでたら、いきなりnanakoさんに襲撃された。
ふたりそろって、
「なんでこんなところにいるんですか!」
平日昼間だってば。なんで大阪の人と東京で再会するかな(笑)。
つーことで、ジュンタさん、nanakoさんと3人で朝から晩まで過ごしました。
たのしかったよー、ありがとー。
貸切は12列センター、当日券に並んだ夜公演は5列目げっちゅ。
機嫌良くひたってきました。
初舞台生口上がない分、芝居の時間が増えている、なにやら変更があるらしい、とは聞いていた。
変更するってことは、「わかりにくい」という評判の部分をなんとかするってことだよな、と思っていた。思い込んでいた。だってソレ、ふつーだよな。加筆修正するなら、失敗した部分を直すよな。
直ってなかった(笑)。
ムラ版のプログラムに載っていた「ストーリー部分」の修正はなにもナシ。
付け加えられていたのは、心理描写のみだった。
おいおいおいっ!!
爆笑したよ。
ストーリーの「動き」部分を「幻想」で誤魔化してちゃんと描いてないから「わけわかんない」作品になってるっていうのに、せっかく上演時間が増えて加筆修正できる機会が与えられたってのに、「動き」を描かずに「幻想」を増やしますか!!
フォローになってねえよ。
見当違いの説明だけ増やして、いちばん説明が必要な部分は放置かよ。
おもしろいなー、オギー。変な人だ。
天然なのか、確信犯なのか。
どっちにしろ、誰か第三者が監修してやれよ、と心から思う。
オギー世界を理解し、共通言語を持ち、なおかつ一般常識のある人が。
ま、そーゆー変な修正があり、シーンが増えていたけど。
それとはまったく別なところで、作品が別物になってました。
てゆーか、リュドヴィークが別人なんですが、なんですか、ありゃ。
はるばる東宝まで観に行って良かった。
その話はまた別の欄で。
「あの男の、どこがいいんだ?」
父親が、娘に尋ねた。
「笑顔」
娘が答える。
「笑顔?」
「だってお父様、あの人はいつも笑っているわ」
「そうか……そうだな」
父親は、なにか含みのあるうなずき方をした。
「なに? どうしたの?」
「いや。私があの男を拾ったばかりのころは、まったく笑わない男だったからさ」
「笑わない?」
「そう。笑わない……あまり表情の変わらない、暗い男だった」
「若かったから?」
「そうかもしれない。なにかに飢えた、すさんだ目をしていた」
父親は遠くを見つめるように、語る。その視線の先に、過去の記憶が浮かんでいるような。
「彼女に、似ていた。なにかに急き立てられるような、暗い渇望。傷。孤独。救いを求めているのか、とどめを求めているのか、おそらく自分でもわかっていない、傷ついた獣の瞳」
「彼女って?」
「前に話したかな。パリにいたころ、ある女優の後援をしていて……もちろん、経済的にだけだが」
わざわざひとこと付け加える父親に、娘は微笑む。
「その女優さんに似ているの?」
「ああ。一目でわかったよ。何故あのふたりが、惹かれ合ったのか」
「惹かれ合った……」
「昔の話さ」
昔、あの男はひとりの女優と出会い、恋に落ちた。手負いの獣の目をした男と女。
今、男は女優と別れ、この最果ての街で生きている。
「お父様と話しているとき、あの人はいつも笑っているわ」
「そうだな」
「お父様のことが、好きなのね」
「さて」
「ホテルにいるマダムたちを相手にしているときも、笑っているわ」
「マダムたちを好きだから?」
「嫌ってはいない。でも……仕事半分? そのお仕事自体、べつに嫌いでもなさそう」
「上流階級のご婦人方のお相手は、あの男の得意とするところだ」
「お友だちと話しているときも、あの人は笑ってる」
「友だち?」
「レストランを経営している人よ。ベルベル人とのハーフの」
「ああ。そうだな、しょっちゅうケンカしているようだが……たのしそうでもあるな」
「白人だけに限らないわ。ベドウィンの兄妹と話すときだって、笑ってる」
「たしかに……いつも、笑っている、か。いつの間にか、笑うことをおぼえたんだな。それだけ時が流れたということか」
「わたしと話すときも。……あの人は、笑っている」
「お前だけの微笑みじゃない」
「そう。わたしにだけ、笑ってくれているわけじゃない」
むしろ、あの男は娘のことをあやすようにしか笑わない。娘のことを子ども扱いすることをやめない。
「でも、あの人は笑っているわ。この街で。この場所で。昔なんて知らない。あの人の、笑顔が好き」
あの人は、いつも笑っていた。
娘の結婚が決まった。転がり出せば、話はあっという間にまとまった。
「あの青年の、どこがいいんだ?」
父親が、娘に尋ねた。
「笑顔」
娘が答える。
「笑顔?」
「だってお父様、彼はいつも笑っているわ」
「お前にはな」
娘が結婚相手に選んだのは、真面目を絵に描いたようなロシア人の若い弁護士だった。
「誰にでも笑いかけるわけじゃない。でも、お前にだけはとろけそうな笑顔を見せる」
「彼が微笑むときは、ほんとうにうれしいときやたのしいときよ。まっすぐな人。嘘がないの」
「あの男と違って?」
娘がずっとあこがれていた、あの男。最後まで娘のことを恋愛対象には見なかった、過去を見つめ続けた男。
「あの人の笑顔だって、嘘じゃないわ。お父様に向けていた笑顔も、お友だちに向けていた笑顔も、本物よ。もちろん、わたしに見せてくれた笑顔だって。ただ……」
ただ、微笑んで生き続けるには、あの男の魂の荒涼は収まりきらなかった。
「微笑んでいられる場所が、その人の居場所だと思う。帰る家だと思う。あの人はこの街で、微笑んでいた。でもあの人は、それをよしとしなかった」
あの人は、いつも笑っていた。
娘の婚約者が、彼女を迎えにやってきた。これからふたりでウェディングドレスを見に行く。
娘は父の隣から立ち上がり、恋人のもとへ駆け出そうとして。
ふと、父親の耳元に唇を寄せた。
「彼、どことなく、顔立ちがあの人に似てるわよね?」
秘密の話。
ソファに坐ったままの父親は、娘を見上げる。
娘は、女の顔で笑っていた。
☆
リュドヴィークに会いたい。
会いたいがつのって、出かけてきました、花組東宝公演『マラケシュ・紅の墓標』
そこそこの席でないと遠征する気になれないので(笑)、勢いづけに「宝くじ貸切」に行って来ました。座席は当日抽選、ひょっとしたらよい席Getできるかも、と夢を見て。
ペアで手に入れたチケットだったので、東京在住オギーファンのオレンジや、HOTEL DOLLYの面々をさらりと誘ってみたものの、んな間際になっての平日昼間、誘ってもみんな動けないわな。みんなにフラれ(笑)、「いいよ、ひとりで2回抽選して、いい方の席で観てやる」と思ってたんですが、相方に名乗りを上げてくれる人がおりました。
ありがとー、ジュンタさん。初お目見えですよ。
んでもってジュンタさんと会う前にひとりで当日券に並んでたら、いきなりnanakoさんに襲撃された。
ふたりそろって、
「なんでこんなところにいるんですか!」
平日昼間だってば。なんで大阪の人と東京で再会するかな(笑)。
つーことで、ジュンタさん、nanakoさんと3人で朝から晩まで過ごしました。
たのしかったよー、ありがとー。
貸切は12列センター、当日券に並んだ夜公演は5列目げっちゅ。
機嫌良くひたってきました。
初舞台生口上がない分、芝居の時間が増えている、なにやら変更があるらしい、とは聞いていた。
変更するってことは、「わかりにくい」という評判の部分をなんとかするってことだよな、と思っていた。思い込んでいた。だってソレ、ふつーだよな。加筆修正するなら、失敗した部分を直すよな。
直ってなかった(笑)。
ムラ版のプログラムに載っていた「ストーリー部分」の修正はなにもナシ。
付け加えられていたのは、心理描写のみだった。
おいおいおいっ!!
爆笑したよ。
ストーリーの「動き」部分を「幻想」で誤魔化してちゃんと描いてないから「わけわかんない」作品になってるっていうのに、せっかく上演時間が増えて加筆修正できる機会が与えられたってのに、「動き」を描かずに「幻想」を増やしますか!!
フォローになってねえよ。
見当違いの説明だけ増やして、いちばん説明が必要な部分は放置かよ。
おもしろいなー、オギー。変な人だ。
天然なのか、確信犯なのか。
どっちにしろ、誰か第三者が監修してやれよ、と心から思う。
オギー世界を理解し、共通言語を持ち、なおかつ一般常識のある人が。
ま、そーゆー変な修正があり、シーンが増えていたけど。
それとはまったく別なところで、作品が別物になってました。
てゆーか、リュドヴィークが別人なんですが、なんですか、ありゃ。
はるばる東宝まで観に行って良かった。
その話はまた別の欄で。
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