雪組大劇場千秋楽に行った。もちろんチケットなんかない。
 入り待ちをして、ナルセ、ブンちゃんを見送り、その足でさばきゾーンへ。エスプリホールのチケットをゲット。そのときすでにエスプリの入場ははじまっていたので、猛ダッシュ。4階まで駆け上がったんで、死ぬかと思ったよ。階段をひと息に駆け上がるなんて、何年ぶりだ? ばばあのやっていいことじゃない。ぜえぜえ。
 手に入れたチケットが18番だったおかげで、出遅れはしたがなかなかいい席に坐れた。

 さて、わたしはエスプリホールははじめてじゃない。えーと、3回目だな。そして、バウが1回。
 エスプリ初体験は、タカネくんのサヨナラ。小さな映りの悪いモニターを凝視しつづけたおかげで、帰りに貧血を起こし、えらい目にあった。わたしの貧血体験のなかでもワースト3に入るぶっ倒れぶりだった。
 2回目がマミさんだった。なんでかわかんないけど、気がついたらモニターの片方の真ん前の席をゲットしてたな。整理番号悪かったはずなのに。
 タカネくんのサヨナラのとき、モニターの映りが最悪だったから、まったく期待してなかったんだ。
 舞台全体が映るアングルのまま固定しされたカメラ。人間なんか豆粒さ。声だけ聴けてあんたたちはラッキーなのよ、って感じ。
 たしか一度だけカメラがズームになったけど、タカネくんがフレームアウトしたあともずーーーーっと同じ位置を映しつづけ、わたしたちはえんえんえんえん、誰もいないモニターを眺めていたっけ。ふっ。
 だから声だけ、臨場感だけ、の覚悟でエスプリに行った。
 すると。
 ……エスプリは進化していた。
 業務用のカメラを使った、固定された映像じゃなかった。プロのカメラマンが撮る、本物の映像だった。
 映画のように、要所要所でアップになる。キャストのテロップまで出る。演出をわきまえたカメラワーク。これはたしかに、金を取っていい映像だろう。市販されるビデオと同レベルだ。
 もちろんモニターだから、映りは悪い。しかしそんなことはどーでもいいくらい、ちゃんとした中継っぷりだった。リカ&マミのキスマークもばっちりさ。
 マミさんのエスプリがたのしかったから、味を占めてしまった、次はノルさんのサヨナラ。こちらはさらに進化して、バウホール席をゲット。
 エスプリのショボいモニターであれだけたのしかったんだ。バウの座席と大きなスクリーンは、そりゃーもー、たのしかったさ。大劇場の後ろの隅よりいいんじゃないかってくらいだ。映画みたいだもんな。タータンの顔もアップで堪能しましたさ。
 タモさんのときは、運良く大劇場の座席をゲットしてたんで、中継の出来は知らない。グンちゃんのサヨナラも大劇場の座席をゲットしてたから中継の出来は……あれ、娘役の退団は中継ナシだっけ? チャー様のサヨナラは行かなかったので知らない。
 まあとにかく、うっかり無職になったのをいいことに、わたしは最近のムラでの退団公演には顔を出していた。そして中継がお気に入りだった。
 わたしのくじ運で、当日座席券が手に入るはずもない。最初からエスプリ狙いさ。
 そして期待通りに、エスプリ券をゲット。しかもいい番号。そんでもっていい席。隣の席のおばさま(もちろん、知らない人)もよい人だ。休憩時間にはお喋りをたのしみましたさ。
 しかし。

 エスプリは、退化していた。

 その昔、タカネくんのサヨナラのときと同じだ。
 固定されたカメラ。ハレーションを起こして、なにも見えない舞台。豆粒な人々。
 聞こえるのは、声だけ。

 そっか……マミさんとノルさんは、ムラが最後だったから、全国中継もしてたついででもって、あんなすごい映像だったんだな……。
 エスプリの、本来の映像って、こうなんだ……。さみしいよ、ママン。

 ただまあ、マイクの感度はやたらめったらよくって、劇場内では聞こえない、モブシーンの芝居が全部聞こえた(笑)。脇役の人たち、みんないっぱい喋ってたんだね。

 ここ数日いろいろあって、実はわたしの精神状態はぼろぼろだった。んなこたぁ日記には書かないが、まあともかく、寝てないし、食べてない。
 そんなときに、正塚の芝居はいかんね。涙が止まらない。
 『追憶のバルセロナ』はひどい作品で、その構成と演出のこわれっぷりが気になってしょーがなかったんだが。
 それらを一切無視して、台詞のひとつひとつ、歌のひとつひとつだけに集中すると、えーらいこっちゃ。涙が止まらない。
 台詞や歌詞だけ、抜き出して引用したりしたら、すごくいいこと言ってるよー。ツボにくるよー。ああ、この話、書き直したいなあ。この題材でなにか書きたいなあ。スペインについて調べてみるかな。

 芝居の方では、カメラはほとんど固定されていた。だから「こんなもんなんだ」とあきらめていたさ。
 ところが。
 ショーになると。

 カメラが、動き出した。
 オープニング、タップを踏むブンちゃんまひるちゃんを、アップにするのだ。おおっ、どーした、やる気だぞカメラ?!
 ハレーションのおかげで、アップになったからといって、よく見えるわけでもないんだが、豆粒よりは百倍マシだ! すごいぞカメラ!
 カメラはやる気だった。それからも、ブンちゃんをなんとかアップで撮ろうと努力する。群舞になると引いてみたりと、テクを見せる。
 とはいえ、雰囲気は「おとーさんの撮るファミリー・ムービー」だ。そのぎこちない動きは、まちがいなくシロウト。カメラの性能も、よくないんだろー。倍率やアングルをひょいひょい変えやすいものでもないんだろー。
 しかしカメラはがんばる。よたよた。お、ブンちゃん真ん中だ。あ、ズレた。よたよた。おっ、立ち直った。ああっ、ブンちゃん移動しちゃったー!!

 ホール内の人々の心はひとつになった。

 カメラの動きに、一喜一憂。
 うまくブンちゃんがアップになれば、拍手が起こり、失敗すると溜息があがる。

 アップにしすぎてスターさん全員がフレームに入らない。次の瞬間、一気にズームアウト。舞台全部が見えて客席までもが見えるくらい、引いてみたり。
 そこでホール内全員のつっこみ、心の声が聞こえる。
「引きすぎだよ!!」

 うっかり誰もいない床だけがアップになってる。歌声だけが聞こえる。固唾をのむホールの人々。移動しろ、移動するんだカメラ。
 わたしたちの念が届いたのか、たんに「いかんっ、お茶飲んでるうちにスターさん移動してるよ」とあわてたのか、おたおたとカメラは移動、さがしまわったあげくによーやく歌うスターさんを発見!
 ほっとする人々。

 ……おもしろすぎるぞ。

 泣いてる人たちも、そのたびごとに涙を止めて「ぷっ」と笑っている。

 今、わたしたちの心はひとつだ。ひとつなのだ。
 がんばれカメラ!!
 よたよた。

 舞台の記録用カメラとやらを回している人、たぶんホールにいるわたしたちの姿は見えていないだろーと思う。
 だけど、もし見ていたら、たのしかったと思うよ。あなたのカメラさばきひとつで、200人弱だかの人間が、手に汗握っているぞ!!(笑)

 しかしこの人、ナルセには愛がない? 少ない見せ場のほとんど、ナルセはフレームの真ん中に来なかったぞ?
 最後の大階段降りの挨拶も、それまでの3人はちゃんと動きにあわせてカメラが移動していたのに、ナルちゃんのときだけ、忘れたよーに動かなくなった。
 すぐに「しまったっっ」て感じで動いたから、たまたまそこで手を止めて一休みしてたんだろーが。

 なんか、へんなところでおもしろかった、エスプリホール。これはこれで、愉快な経験だ。

 さてそのあとは、お見送りに行きましょう。

 今までわたしは、一度もまともに場所取りってしたことなかったのよね。なまじ背が高いからさ、どこでも見えるわ、と。
 でもナルセ最後だしさ、今回ぐらいは真面目にポジショニングしてみよう。
 と思ったんで、エスプリを出てまっすぐに劇場の外、さよならパレードのある広場へ出ました。
 そしたら、あっさりといい場所が取れた。ほんと、拍子抜けするくらい。こんなことなら、前からしてりゃーよかったよ。
 白い薔薇をもらって、スタンバイOK。いいお天気。

 みんなみんな、きれいだね。
 ジェンヌはみんなきれいだけど、退団者の美しさはまた格別ナリ。

 まひるちゃんたち3人を見送って、次はナルちゃんだー、と待っているそのときに。
 わたしの隣の人の携帯が鳴った。

「コムちゃん、雪組トップ? 公式発表出たって?」

 なんとも劇的だ。

 ナルセを見送り、ブンちゃんを見送り。
 めっきり人の減ったなか、わたしはコムちゃんを待った。
 マイ・ルール。トップ退団者を見送ったあとは、次代のトップスターを見送る。今までも、ずっとそうしてきた。
 ようやく出てきたコムちゃんは、ほんと小さくて、華奢な女の子だった。

 変わらないものなんかなくて、未来はわからなくて。
 だけど、いつか「自分が行くべき場所に行き着ける」んだね。by『追憶のバルセロナ』 

 これからも、わたしはこの夢の世界を見続けるよ。


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