「オイラ、リヤル(現実)がとんとワからねえ」……って、髷を噛み噛みしそーな雰囲気がイヤです、ワタ×トド。
 「リヤル」については『真夜中の弥次さん喜多さん』見に行ってください。あ、もう公開終わっちゃったのかな? 4月公開の映画だっけ?(時間の感覚がすでにボケいる) 最近ほんとあたしゃ、映画の感想書いてないなぁ。

 弥次喜多はともかく、『長崎しぐれ坂』の感想、その2。

 伊佐次@トドは、男の中の男。
 悪人で、柄が悪くて、気性が荒いうえに手も早い。
 しかし手下には慕われ、女にはモテる。
 そーゆー「男の中の男」。

 伊佐次には、かわいがってる手下が4人いる。らしゃ@トウコ、さそり@まとぶ、らっこ@すずみん、あんぺ@れおん。

 なんか意味もなく色気垂れ流し状態のらしゃは、伊佐次の愛人でもあるらしい。
 らしゃがまだほんの子どものときから、どーやら伊佐次がいろいろイロイロ教えて、ずっとそばに置いてきたよーだ。
 しかしらしゃも思春期・反抗期。伊佐次兄貴になんとなく逆らってみたいお年頃のようだ。のーみそがスニ@グイン・サーガ程度しかなさそうだが、芳蓮@となみというカノジョもできたことだし、かっこつけたいんだよなー。
 つーことで、不良少年らしゃは暴走して自爆してしまう。

 もうひとり、こちらはらしゃよりさらにワイルドな魅力、さそり。伊佐次の愛人その2で、ひょっとしたららしゃとも多少はナニかあったかもしれない不良少年。
 伊佐次兄貴は飲んだくれてるし、らしゃは死んでしまうしで、なんかいきなりぷっつんして暴走開始。
 このいきなりぶりが、ほんとーにいきなりすぎて、「あー、痴話ゲンカってやつぁよー」って感じ。いろいろ溜まってたんだなぁ。

 さらに唐人の美女、李花@ユズ長がずっぽり伊佐次に惚れている。殴られても浮気されても、「悪いところがあったら言って、アタシ、直すから!!」とすがって泣いて、いつも大騒ぎ。テンション高いぜ。愛人はパッション必須か。

 てなふーに、伊佐次の周りは花盛り。なにしろ男の中の男だから。美少年も美女も彼の腕の中。

 あ。
 らっことあんぺですか?
 大丈夫、伊佐次もあいつらには手を出してません。とくに、らっこはあり得ません。絶対(笑)。見ればわかります。

 そしてこの男の中の男が、真摯に惚れている相手が、幼なじみのおしま@檀ちゃん。今は金持ち親父の妾で芸者。
 おしまももちろん、色っぺーいい女だ。

 と、これでもかっ、と、伊佐次の愛人関係を表現手段として「男の中の男」ぶりが描写されるわけだ。
 あー、男臭い男だー。野郎が好きそうなタイプの男なわけね。任侠映画に出てくるタイプ。

 そう思って見ていただけに。

 見た目だけなら伊佐次より男臭い卯之助@ワタルが、突然愛の告白をしたありたから、混乱が生じる。

 ええっと? 伊佐次って、らしゃやさそりってゆー若いきれーな男の子たちを愛人にしていたくらい、ふつーに「攻」だよねえ?
 んじゃ卯之助って「受」なの? あのガタイとカオで、「伊佐さんに抱かれたいの(はぁと)」ってこと?
 バトラー@トド×アシュレ@ワタルはOKだったわたしも、ちとつらいカップリングやな、伊佐次×卯之助は。と、とまどっていると。

 最後の最後で、まさかの逆転劇。

 卯之助×伊佐次でした……。

 ワタ×トドかいっ?!

 あれほどあれほど「男の中の男」として、「総攻」として描いてきた伊佐次が、卯之助の腕の中、ですよ。
 総攻男が、いきなり受化ですよ。

 ディープすぎるぜ、お前らの関係……ッッ!!

 
 いやその。
 卯之助が伊佐次に惚れてるのはいいのよ。ワタさんはちゃんと演技してるから、最初からコウモリ臭くて、「あー。ほんとはこいつ、伊佐次が欲しいんだろうな」ってわかってた。
 でもそれは、あくまでも「男の友情」の範囲内だと思って見ていたのよ。一線は越えない、踏みとどまり、やせ我慢するのが男ってもんだよな、と。
 それが美学、ホモ恋愛モノ以外の、ふつーの「物語」のセオリー。

 だから期待して観ていた。

 クライマックスに、ヒロインが登場するのを!

 破滅覚悟で唐人屋敷を出た伊佐次。追う卯之助。捕まっても獄門、それならばいっそ……ッてな切羽詰まったなかに。
 ヒロインおしま登場。
 堺へ帰る船に乗ったんじゃなかったのか?!
「約束したじゃない、一緒に江戸に行くって」
 江戸になんか行けるはずがない。帰りたいのは時間であって、場所ではない。
 共に死ぬために、おしまは戻ってきた。ふたりの江戸は、お互いのなかにあるのだ。

 てゆー展開を、期待していたのよっ?!
 でないと最低でしょ、おしま。出番も少なけりゃ、存在意義もないままだよ。
 そしておしまがしょーもない女だと、そんな女に惚れている伊佐次もみっともなくなるんだってば。

 旦那も安定した生活もなにもかも捨てて、愛のためだけにやってきた女、おしま。
 安全な唐人屋敷を出て、「ふたりの江戸」を目指す伊佐次。
 そして、伊佐次を愛しながらも、彼を守るために、盾となる卯之助。

 期待したのよ、それをっっ。

 伊佐次とおしまを逃がすために、壮絶な最期を迎える卯之助。
 それこそ、虫の息で歌ってくれていいから!

 そこで子役トリオの登場だ。
 無邪気に3人で遊ぶ姿。
「男は泣いちゃいけない」……幼い伊佐次の言葉を受けて、「もう泣かねぇよ……なァ?」とかゆって、絶命してくれていいから!

 つーか、派手な立ち回り希望。
 わけのわからん精霊流し盆踊りしかも激長はいらんからっ。
 やる気満々お役人@しいちゃんの出番もくれよ(笑)。
 しいちゃんVSワタさんで、しいちゃんがワタさん殺してくれ。見たいぞ、ソレ(笑)。

 伊佐次とおしまは、例の小舟でスモークの海にGOGOだ。
 ふたり無事でもいいさ。
 よりそいあうふたりの姿と、絶命する卯之助を同時にやれば盛り上がるぞ。
 だって無事に小舟に乗れたとして、ふたりに明日がないことはわかってるからな。
 ふたりが求める「江戸」はもうないんだから。

 おしまが伊佐次をかばって撃たれてもよし。小舟の中で、伊佐次の腕に抱かれて死んでいくもよし。

 伊佐次、卯之助、おしま。幼なじみでそれぞれ別の道を生き、この長崎でめぐり会った彼らの、数奇な運命の終焉。
「神田囃子が聞こえる……」
 で、せつなく終わっていいじゃん。パターン上等、ありきたり上等。だってもともと、ものすっげーテンプレ的な話じゃん、コレって。なのにラストだけ歪んでるのは何故?

 ヒロインは途中でいなくなって、流れをぶった切るタルい盆踊りがえんえんえんえんあって、大捕り物をしているはずなのに誰もいなくて、銃声一発でお茶濁して、野郎ふたりで愛の小舟なのは何故なんだ。

 男の友情を描きたかったなら、それを主題にしなきゃダメだよ。中途半端なのと、脚本があちこち無神経なのが致命的。

 根っこのストーリーは別に壊れてないから(原作アリだからですか?)、やっぱ植田の脚本(言葉のセンスと世界観最悪)と演出(古い。あと、独りよがり)が悪いんだと思う。

 やれやれ。


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