えーと。
 日付がズレてますが、星組バウホール公演『それでも船は行く』れおんバージョンを観てきました。

 なんといいますか。

 みきちぐが恋しかったです……(笑)。

 主役のジョニー@れおんが、上から2番目の上級生ってのは、すごすぎる公演ですよ。ありえないっすよ。

 男爵@立さんはいてくれるし、新公でそこそこ役の付いている伯爵夫人@華美ゆうかちゃんは手堅くやってくれてるんだけど。

 あとの子たちは、もう……。

 ひたすら、学芸会テイスト。
 せめてヘンリー役は、みきちぐあたりの上級生がやらないと、作品自体がヤバくなるんだってことが、よくわかった。つーか、なんでみきちぐ、続演してくんないんだよー。

 それでもヒロインのスーザン@蒼乃夕妃ちゃんは、ぎりぎりこなしていたかなぁ。

 
 出演者の実力ががくんと落ちたために、際立つのは脚本のヤバさ。

 安普請の建物が、嵐で揺らぐかのよーに。
 土台で手抜きしてあるもんだから、ちょっとしたことで倒れるのね。

 主人公のジョニーは、あっちフラフラこっちフラフラのお気楽おぼっちゃまだそーだけど、いったいどのへんが?
 何故そんな設定なの?
 スーザンに一途な好青年に見えますが?

 ヒロインのスーザンは、氷の花だそーだけど、いったいどのへんが?
 何故そんな設定なの?
 めちゃくちゃ元気で暑苦しい女の子に見えますが?

 ジョニーがいい加減な男だっつーなら、そーゆー演出をしなよ。それらしきエピソードはひとつもなく、恋に不器用な、言葉と心が裏腹なまっすぐ青年としか描いてないじゃん。
 ヨットのよーに回り道する生き方も、いい加減さではなく、彼の青年らしい信念にしか見えませんが。

 スーザンが氷の花だっつーなら、なんで彼女はいつも感情的にきーきー怒鳴り散らしてるんだ? 感情見せまくり、つーかヒステリー女だろ? どのへんが氷?
 とびきり人間らしい、正直すぎて疲れるタイプのお嬢様ですが。

 すずみんがお気楽トンボに見えなかったのと、せあらちゃんが氷の花に見えなかったことで、「役者の持ち味かしら?」と好意的に考えたけど、続演のれおんと蒼乃夕妃ちゃんもまた、「設定」通りのキャラにまったく見えなかったので、これはもう、演出の方に問題アリだと確信。
 計算式がまちがってるから、正しい答えが出ないんだ。
 出演者も大変だ。

 まあ、駄作だってことはわかってたけど。
 出演者が下級生ばかりになって、さらに駄作なのがはっきりした、と。

 
 作者のいいかげんな設定は置いておいて。

 真面目な主人公ジョニーは、その真面目さゆえにいい加減なことが言えず口論となり、婚約者のスーザンとケンカ別れしてしまった。
 スーザンというのも、ジョニーに似合いの真面目で融通の利かない、気の強い女の子。しかも癇癪持ち。
 似たもの同士のふたりは、悪ノリするタイミングも同じで、つまらないゲームを考え出す。船旅の隣人が、元婚約者と同姓同名の他人だったことから、親友と入れ替わる遊びを思いついたのだった……。

 てゆー話だよなー。

 この物語をすっきりさせるポイントは、

1・ジョニーとスーザンのケンカ別れの理由をはっきりさせる。
2・ジョニーとスーザンの、性格の「いいところ」をちゃんと表現する。
3・ジョニーとスーザンが、親友をどう思っているのかを描く。

 かな、とりあえず。
 真面目に考察するのもめんどーなので、かなり大雑把だが。

 性格設定とエピソードと演出が噛み合ってないもんだから、ふたりのケンカ別れが「物語」として機能してないんだわ。
 ふたりが「愛し合っている」「お似合い」だという前提で、たまたま「歯車がずれて大喧嘩」してしまった。
 観客は、「仲直りしてハッピーエンド」を期待して観る。
 これがこの話の骨組みであるハズなんだ。
 そこに入れ替わりネタだとか詐欺師登場だとか、太田せんせの大好きなエスプリの利いた台詞の応酬だとかが、肉付けとして存在するわけだ。
 骨組みがいーかげんで、ちゃんと作ってないもんだから、全部ぐだぐだになってるのな。

 ジョニーとスーザンの性格設定をきちんとして、それゆえのケンカ別れをさせ、それゆえの彼らの性格の「美点」を描き、それゆえに親友たちとの「関係」を描く。
 今のままじゃ、ふたりとも性格悪すぎ。自分勝手で、友だちのことなんてなにも考えてない最低人間じゃん。ただ親友を利用しているだけじゃん。
 てゆーか、なんで彼らみたいなセレブに、マイクやジュリアみたいなびんぼー人の親友がいるの。知り合った事実があっても、とても友情が展開したとは思えない。
 男爵と伯爵夫人に作者のひとりよがりな「人生の深淵」を語らせたり、主人公たちに「オシャレ」な意味のない長台詞を言わせているヒマがあったら、親友とのエピソードを入れろ。
 どーして「友だち」なのかを、表現しろ。
 背景を解説するんじゃないぞ。ジョニーがマイクを、スーザンがジュリアを「何故好きなのか」を、描くんだ。
 身分が違い、生きる世界が違ってなお、わざわざ友だちでいるくらい、好意と尊敬があるはずなんだ。ソレなしにつきあっていたら、そりゃ金持ちの気まぐれとか、利用しているだけだと見えても仕方ないって。

 まだジョニーとマイクはたのしげに女のネタで盛り上がってたりするから、マシなんだけどな。
 「同じ一等客室で」と誘うジョニーに、誇りを持って断るマイク、それに対しジョニーがひとこと、「そーゆーとこが好きなんだ」と言うだけでも、ぜんぜんちがうのにな。一瞬マジに、でもすぐふざけあって、わざと皮肉を言ってみたり。
 男同士の気の置けない関係、ってやつで。

 スーザンとジュリアは、この際、最初からがんがん口喧嘩させろ。「このわがまま娘!」「言いたいこと言えずに溜め込むよりましでしょ!」「言い過ぎなのよ!」とか、ふたりともヒステリックに叫び合って、そのくせ次の瞬間「聞いてよ!」とすばらしい息の合い方で、ひとつのことを言ってみたり。真剣に怒鳴り合っていたのに、あっちゅー間に笑い合って、食べ物の話をしていたり。
 ああ、いつもこーやって飾りなく罵り合う、相手のことを知り尽くしたかけがえのない相棒同士なんだなってことを、表しておけよ。ここまで正直になれるのは、お互いだけ。自分はあの子を悪く言うけど、他の人があの子を悪く言うのは許せない。そんな、とってもきっつい女の友情。
 とにかく、今のままの、「満ち足りたときはやさしいけど、つらいときは相手を罵ってヨシ、相手の気持ちなんか関係ナシ」っていう状態は、ひどいよ。あんなの友だちじゃない。

 ストーリーはべつに壊れてないから、主役の性格設定と演出だな。
 細部の手抜きが、全体を壊している。やれやれ。

 ありきたりな話じゃないよ、コレ。しょーもない話、つーの。
 しょーもない話だから、出演者に力量が必要。
 力量のないことがわかっている下級生たちに、わざわざやらせるあたり、ほんとに独りよがりだ。
 
 がんばれ、出演者。
 脚本のマズさを、カバーできる実力をつけるのだ。
 そーゆー意味でのお勉強作。


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