一応、さえちゃんの入り待ちをしようと思った。前夜、わたわた日記書いて、翌日の起床時間を考えてちゃんと睡眠をとった。朝、ふつーに起きた。
 でも。
 やっぱり、入りに行くのはやめようと思った。
 もう一度、猫を抱いて布団に戻った。
 さえちゃんの夢を見た。

 うん。
 よーするにまだ、傷口がふさがっていないのだ。
 退団の入り待ちをするのがこわいのだ。

 あれから、何ヶ月経ったんだっけ? もう時間の感覚がない。
 花の道、白い衣装の人々、公演最後の入り待ち。

 さよならの空気に飲まれるのがこわい。

 まだわたし、完全復帰してないんです、だから神様、もう誰も辞めさせないでください。お願いします。

 数日前、『エリザベート』を観に行こうとして、やっぱりやめた。
 初日に観て、あんなによろこんで、たのしくて、わくわくしていたのに、結局二度と行かなかった。
 わたしはやはり、観たくなかったんだろう。行きたくなかったんだろう。
 ムラに行くのをやめて、かわりに日記を書いていた。
 やめないでさえちゃん。『エリザベート』で辞めないで。そんなことを、つらつら書いていた。
 結局、書くだけ書いて、その文章をUPするのはやめた。不適切だと思ったから。

 距離を取って、現実との折り合いをつけよう。
 急に走ると転ぶから、リハビリは慎重に。

 ねえ、ケロちゃん。
 わたしはずっと、タカラヅカが好きだから。

 結局、『エリザベート』を観たのは、初日と新人公演と、千秋楽だけだ。わたしは『エリザベート』という作品が好きだし、ご贔屓のいた月組が好きだし、ご贔屓の「弟」ゆうひくんが好きだし、さえちゃんが好きだよ。
 現在の月組が上演する、この『エリザベート』に、なんの不満があったわけでもない。劇団の思惑だとかやり方だとかへの不満や不信は、「作品」重視のわたしには関係ない。おもしろければ、すべてゆるせる。そして『エリザベート』はおもしろい作品なのだから、なんの問題もない。
 さえちゃんの退団公演でさえなければ、もっと気軽に何度も観に行ったと思う。
 退団公演だから、観に行けなかったんだ。
 そして、『エリザベート』でない、さえちゃんのための退団作品だったら、きっと心ゆくまで通ったと思う。

 『エリザベート』で、退団公演だから、ダメだった。わたしには。

 きっと悔いが残ると思うよ。
 あとになって、なんでもっとちゃんと観ておかなかったんだ、って、悔やむと思う。
 でも今は、これが精一杯。
 リハビリ中の者に、『エリザ』と退団のコンポはきつい。

 『エリザベート』じゃない、さえちゃんのためのサヨナラショーは、心底たのしんだ。アゴだけ登場の水兄貴に心ふるえたしな。
 豪華でたのしいサヨナラショーだったよ。
 てゆーか、サヨナラショーで笑ったのははじめてだ。
 誰のアイディアだ? 「さえちゃんのオスカルとアンドレひとりフィルム上映」なんてのは。笑わせてどーするんだ?? いや、まあ、ファンならうれしいのかな、アレ……。わたしにはコメント不可。

 「退団公演」に通うことのできなかったわたしは、ひさしぶりに会えたいろんなさえちゃんにわくわくして、袴姿を見るまでかなしさをどこかへすっとばしていたよ。
 ただ、会いたかったんだなぁ。

 ちずさんの感動的な挨拶のあとの、さえちゃんのとってもシンプルな挨拶。そして、鳴りやまない拍手。
 拍手は、美しい音だと思う。
 人間が、自分の身体だけで出す、もっとも原始的な音。

 波の音のように聞こえるね。
 地球の音のように聞こえるね。

 だからこんなに、美しい音なんだろう。

 しつこく最後まで拍手していたよ。カーテンコールの手拍子。もっともっと、さえちゃんに会いたくて。
 もう上げてはくれないだろう緞帳の横から、さえちゃんがひょこっと出てきてくれたときはうれしかった。

 パレードの場所取り競争に参加する気はハナからなかったので、ゆっくりトイレに行って、ミスドで腹ごしらえして、そのうえこの日記を書いていたりして。
 そのあとでよっこらしょ、と劇場前へ戻った。遠くからでも、ちらりとでも、見送ることができたら満足だから。花の道のベンチで、また日記を書きながらパレードがはじまるのを待つ。
 もずえさんは、いい場所を取れたみたい。今メールがあった。よかった。

 今日はものすっげーいい天気で、夕方になってなお、空が青いよ。飛行機雲も見える。
 よかったな。
 よかったね。

 ちずさんを見送り、さえちゃんを見送った。
 周囲で「きれい」「かわいい」の声があがるのが小気味いいよね。やっぱりきれいだ。

 さえちゃんの乗ったオープンカーが、花の道横の道路を、遠く消えて行くまで見送った。テールランプが黄昏に消えるまで、しつこく見送ったよ。

 ガイチはすてきな笑顔で手を振ってくれて。あさこちゃんは横顔だけ。振り向いてくれなかった分、わたしの周りではガイチの株がにょきにょき上がっていたぞ(笑)。「ガイチさん、いい人だねー!」「ずっと手を振ってくれてたよ」花の道を歩いていると、そんな会話が耳につく。疲れてたんだろーなぁ、あさこちゃん。

 トップスターのサヨナラパレードは正門。だからわたしは安心して眺めていられた。
 楽屋口だと、つらくて逃げ帰っていたかもしれない。……だからまだ、リハビリ中。

 チェリさんは今日、息子さんの体調ゆえに楽を観るのあきらめちゃったの。
 わたしはチェリさんに会いたかった。
 チェリさんと一緒なら、入り待ちもできたかな。

 退団者FCの人たちの、白い服を、チェリさんと眺めたかった。
 チェリさん、檀ちゃんのMSは万難を排して一緒に行こうね。

 
 帰りに何気なく入った店で、わたしはアタマの中で歌を歌っていることに気がついた。
「夜は危険なジャングル 早く子どもはお帰り
 男は腹を空かせて ぎらつく狼」
 あれ? なに歌ってんだわたし?
 アタマの中にあるのは、帽子をかぶって大暴れしているワタル兄貴。
 そして。

 長い手を回して、踊っているケロ。

 その店のBGMが、あの曲だった。
 原曲は知らない。そもそも原曲があるのかどうかすら、知らない。
 だけどあの曲。
 『ドルチェ・ヴィータ』、夜の花市場、逃げる少女とコーザノストラ。銀橋のワタル兄貴。

 あの、青いせつない空間。

 BGMはただの有線放送みたいで、すぐに次の音楽に変わってしまった。
 だけどわたしは、あの空間にトリップしたままで。

 まったく、なんてこったい。わたしはまだ、リハビリ中だってのに。
 あの空間から、帰ってこられなくなるよ。それはそれで幸福だけど、かなしいよ。泣けてこまるよ、そんな、なんでもない店の中で。

 今日は、退団公演の千秋楽。
 退団者とそのファンが、やすらかでありますように。その心が、ゆたかに満たされますように。救われますように。
 別れの悲しさとはべつに、この特別な日が、やさしいものになりますように。


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