エレベータのドアが開いた。
 乗っていたのは、わたしひとり。
 わたしが降りるのは2階、だけど5階で止まって、ドアが開いた。5階の人が乗るために、ボタンを押していたのだろう。

 突然開いたドア。
 その向こうには。

 黒の燕尾服姿の、ケロちゃんが立っていた。

 …………緑野、硬直。
 てゆーか、フリーズ。

 
 そんなことがあったために、3回目のディナーショーははじまる前からわたし、半分正気じゃなかったっす……泣。

 考えてもみてよ、エレベータという日常で、突然、黒燕尾に化粧済みのダーリンが現れるのよ??
 素顔のジェンヌさんと、たまたま街ですれちがった、というレベルじゃないのよ? 相手、すでに舞台用の姿なのよ?
 思考も止まるって。

 
 3度目のフルコースをなにひとつ残さず平らげ(あ、いちおーメニューは3回ともちがいました。しかし、材料は一緒、ソースがチガウだけ、のレベル。やはり大量仕入れによる経費削減?)、わたしはひとり、オペラグラスを取りに行ったんだ。
 知り合ったばかりだがもう友人! 絶対お友だち! な、ドリーさんの宿泊しているお部屋に、荷物を置かせてもらっていた。ものぐさなわたしはつい、貴重品とハンカチ1枚だけ手で握ってディナーショー会場に行っていたの(女なんだから、ハンドバッグぐらい持てよ)。
 オペラグラスはあまり好きではないので、どうせ使わないだろうと思っていたけど、客席にあまりにジェンヌさんが多く来ていたので、危機感を持ったわたしは、部屋まで取りに行くことにした。
 なんの危機感って、1回目のときケロちゃんてば、いちばん後ろの生徒席の前でえんえん歌ってて、なかなかステージに戻ってきてくれなかったんだもの。なまじ最前列テーブルにいたわたしは、遠い背中を見つめていたさ。(生徒さんがいない2回目は、そんなことなかった)
 そのことがアタマにあったもんで、念のために取りに行った。持っていて使わないのと、使いたいのに持ってなかったのでは、気分が雲泥の差。

 ディナーショー開始まで、あと10分。
 ドリーさんからカギを借りて、廊下を小走りに彼女のお部屋のある、6階に行く。
 オペラグラスを握ってエレベータの前に立ったが、なにしろあまり時間がない。気が焦っているので、エレベータを待つより階段を駆け下りようかと思って、階段を少し下りた。
 が、断念。

 5階では、本日のディナーショー出演者たちが、記念撮影をしていた。

 わわわ、びっくりした。
 ダメだ、ここは通れない。回れ右して、6階に戻り、おとなしくエレベータを待つ。記念撮影してるケロちゃんを見れちゃったよー、ラッキィとか思っていたのに。

 わたしの乗ったエレベータは、5階で止まった。あれ、まだ2階じゃないわ、とぼーっと思っていたら。

 ドアが開き、そこにケロちゃんを真ん中に、ディナーショー・メンバーたちが勢揃いしていた。

 硬直。

 突然、目の前にダーリンが。
 燕尾服姿、オトコマエ化粧。

 ……………………どーすりゃいいんですかっっ!!!

 パニックになったわたしは、阿呆なことを口走っていた。

「下に降りたいんですが、降りていいですか?」

 なんじゃそりゃ。
 でも、そう言うのが精一杯。
 てゆーか。

 お願い、あたしをこのまま行かせてっっ!!

 とゆー、ここから逃げ出したいっ! という思いしかなかったのだわ。

 ドアの一番前にいたホテルの人が、「どうぞ」と言ってくれたので、わたしは迷わず「閉める」ボタンを押した。
 逃げたかった。
 とにかく、逃げることしか考えなかった。

 だってケロちゃん、わたしを見てるし。目、見開いたびっくり目だし。たぶんわたしが一気に泣き顔になっていたせいだとか、言った台詞がわけわかんなかったせいだとか、とにかく変だったせいだと思うけど。ってゆーか、そう思うと落ち込むんだけど。

 逃げ出したあとのあと。
 ずーっとあと、冷静になってから、考えた。

 あそこでわたし、「どうぞ」って言って、にっこり笑えば良かったんじゃないか?
 そしたら、一緒にエレベータに乗れたんじゃないか?


 いや、これからディナーショーだってのに、一般の客と同じエレベータに乗るわけないと思うけど、それでも言ってみるだけ言えばよかったのに。
 少なくとも、「降りていいですか?」なんつー、日本語として通じてないよーな言葉を半泣きで言うのはバカだろ。
 わーん。

 
 そんな心臓に悪い経験をした、エレベータ。

 自分の阿呆さは忘れたいが、わたしを見つめていたダーリンの姿は、忘れられません……。ぼー……。

 ディナーショーの感想はまた明日。

       

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