歪んだ目に映るものってばさ。@飛鳥夕映え
2004年7月19日 タカラヅカ 月組公演『飛鳥夕映え』、かしげ鎌足バージョンの感想その2。
作品にも演出にも、責任はある。
『飛鳥夕映え』はおもしろくない。
たしかにそれは、作品の力不足だ。
しかし。
2回目観てもなお、主役のキャラクタがわからないっていうのは……演じている者にも、問題があるんじゃないか?
タカラヅカに駄作は数あれど、どんな号泣キチガイ作品であったとしても、トップスターはトップスターである底力で、なんとか魅力を発掘するのだ。
スター力ともいうちからで、駄作を支えるのだ。そうやってタカラヅカは90年やってきたのだ。
『飛鳥夕映え』程度の駄作は、ヅカの歴史の中にいくらでもあった。てゆーか、まだかわいい方だ。下の上、くらいだ。
これくらいの作品、トップスターが力技で魅力を作り上げねばならんのだ。
だからこそ。
はじめて思った。
鞍作役がさえちゃんでなければ。と。
鞍作も役替わりがあればいいのに、と妄想配役をたのしみはしたよ。でもわたし、「タカラヅカ」のファンだから。トップ至上主義は身に染みついてるのよ。冗談で言っても、本気でトップの役をどうこうは思わないわ。
まずトップスターありき。作品も他のキャスティングも、全部そのあとについてくるもの。
トップスターの力量が多少アレでも、そんなのトップだから不問。それくらい、「トップスター」という地位は特殊なものだと思う。
さえちゃんが月組のトップスターで、それはデフォルト、前提ってやつだから、そのことを疑問視することなどまったくなかった。
もちろん、他の組の他の人でも同じね。トップスターはいつでも「前提」で、そのうえでいろいろ思うのよ。
「前提」だから、考えなかった。
鞍作という役をやっているのがさえちゃんでなければ、もう少しマシな作品になっていたのに、とは。
……さすがにね、2回観てまったく主役のキャラクタがわからなかったことには、うろたえたの。
どんな駄作でも、嫌いな話でも、なにかしら主役のキャラぐらいは伝わってきたから。彼がなにを考えていて、なにをどう感じる人かぐらいは、意識して考えなくてもわかったの。
そう。
鎌足@かしげを見ながら思ったのよ。
この鎌足はいい。腐女子的にもOKだ。
だが、何故だ?
ぜんぜん、萌えないんですけどっ?!
このわたしが、こんなにおいしい鎌足を前にして、萌えないですって?!
どうして? 鎌足はこんなにも鞍作を愛しているでしょう? どうしてソレで萌えないのよ?!
と自問自答してよーやく、気づいたのです。
鞍作のせいだ。
鞍作に人格が見えないなら、萌えられない……。がっくり。
そこでわたし、まずいつものよーに、鞍作というキャラを作った演出家の方が悪いと思ったのことよ。脚本でもっとなんとかしていれば、と。
しかし。
考えたのよ。
もしも鞍作が、あさこだったら、って。
…………。
…………。
…………。
萌える。
めちゃくちゃ、萌える。
フンガー!!鼻息。
それではじめて、気がついたのよ。
そうか、演出だけの問題じゃないんだ、って。
さえちゃんなんだ……。
「トップスター」は前提だから、さえちゃんに問題があるなんて真の意味では考えたことなかったよ……。
世間で言われるほどわたし、さえちゃんが下手くそだと思ってないしさ。技術云々とは別のところにあるのが「タカラヅカ」だから。「彩輝直である」という「才能」は、アリだと思っていたからな。(「彩輝直」の位置に誰の名前をあてはめてもOKだ。それがタカラヅカ)
ああ、そして。
ひょっとしてさえちゃん、ものすげー下手で作品壊してるんでわ? と思ったきっかけが。
だって、さえちゃんだと萌えないし、という、目眩がするほど腐女子な理由って、どうよソレ?!
ヲタク・センサーゆえかよ!
なさけなさすぎるよ!!
…………友人たちには知られていることだけど、わたしじつはべつに、あさこちゃん特別好きではないです。萌えジェンヌだと認めてはいるけど。好きか嫌いなら好きだけど、ファンじゃないです。オサアサは大好きだけど、あさちゃん個人だとふつーに好きなだけです。たぶん、この日記でもそれはわかると思う。ふつーに好きなだけで、あまり興味はないんだなって。
あさことさえこなら、さえこの方が好きです。つか、さえちゃんのことは、個別に好きだとあちこちで明言している。キャラ的に萌えるんだもん。いじりたいキャラなんだもん。
だからこそ。
鞍作がさえこでなく、あさこなら萌えた、という事実に、けっこーショックです。
めそめそ。
鞍作に情緒があるように見えなくて、ただ台詞を言っているだけのお人形さんに見えて、まったく感情移入できなくて、理解もできない。
だから、そんな人を相手に陰謀を巡らしている鎌足が不憫に思える。バカに思える。
見ながら、思ったんだ。
鎌足よ、鞍作なんてやめて、軽皇子にしとけよ。鞍作なんて愛しても抱いてもぜんぜんおもしろくないって。
ほら、軽皇子だって、きれいでお育ちがいいぞ。家柄のいい人にしか欲望持たないんだよね、鎌足。だったら軽皇子にしとけって。征服して悦に入るなら、そっちの方がたのしいって!!
軽皇子なんつー、脇に萌えを振らなければならないほど、鞍作がダメですか……。
そして、そんなふーに考えている自分を顧みてよーやく、さえちゃんがダメなんだってことに気づきますか……。
偏った感性だな、わたし……。とほほ。
まあなんにせよ、おもしろい芝居ではないです、『飛鳥夕映え』。
主役がお人形過ぎて。
せっかくお人形ならお人形としての特性を活かせる演出にすればいいものを……ぶつぶつ。ああやっぱり、それでもわたし、さえちゃんではなく演出の方に文句があるわ。
ま、わたしの感性とわたしの感想なんて、この巨大な歴史の歯車の前には無にも等しいので、多少まがっていも偏っていても的はずれでも、どうかみなさん、寛大にスルーしてやってください。
つーか……かしげ×あさこが見たいな、個人的に……しみじみ。と、つぶやいてみる。
作品にも演出にも、責任はある。
『飛鳥夕映え』はおもしろくない。
たしかにそれは、作品の力不足だ。
しかし。
2回目観てもなお、主役のキャラクタがわからないっていうのは……演じている者にも、問題があるんじゃないか?
タカラヅカに駄作は数あれど、どんな号泣キチガイ作品であったとしても、トップスターはトップスターである底力で、なんとか魅力を発掘するのだ。
スター力ともいうちからで、駄作を支えるのだ。そうやってタカラヅカは90年やってきたのだ。
『飛鳥夕映え』程度の駄作は、ヅカの歴史の中にいくらでもあった。てゆーか、まだかわいい方だ。下の上、くらいだ。
これくらいの作品、トップスターが力技で魅力を作り上げねばならんのだ。
だからこそ。
はじめて思った。
鞍作役がさえちゃんでなければ。と。
鞍作も役替わりがあればいいのに、と妄想配役をたのしみはしたよ。でもわたし、「タカラヅカ」のファンだから。トップ至上主義は身に染みついてるのよ。冗談で言っても、本気でトップの役をどうこうは思わないわ。
まずトップスターありき。作品も他のキャスティングも、全部そのあとについてくるもの。
トップスターの力量が多少アレでも、そんなのトップだから不問。それくらい、「トップスター」という地位は特殊なものだと思う。
さえちゃんが月組のトップスターで、それはデフォルト、前提ってやつだから、そのことを疑問視することなどまったくなかった。
もちろん、他の組の他の人でも同じね。トップスターはいつでも「前提」で、そのうえでいろいろ思うのよ。
「前提」だから、考えなかった。
鞍作という役をやっているのがさえちゃんでなければ、もう少しマシな作品になっていたのに、とは。
……さすがにね、2回観てまったく主役のキャラクタがわからなかったことには、うろたえたの。
どんな駄作でも、嫌いな話でも、なにかしら主役のキャラぐらいは伝わってきたから。彼がなにを考えていて、なにをどう感じる人かぐらいは、意識して考えなくてもわかったの。
そう。
鎌足@かしげを見ながら思ったのよ。
この鎌足はいい。腐女子的にもOKだ。
だが、何故だ?
ぜんぜん、萌えないんですけどっ?!
このわたしが、こんなにおいしい鎌足を前にして、萌えないですって?!
どうして? 鎌足はこんなにも鞍作を愛しているでしょう? どうしてソレで萌えないのよ?!
と自問自答してよーやく、気づいたのです。
鞍作のせいだ。
鞍作に人格が見えないなら、萌えられない……。がっくり。
そこでわたし、まずいつものよーに、鞍作というキャラを作った演出家の方が悪いと思ったのことよ。脚本でもっとなんとかしていれば、と。
しかし。
考えたのよ。
もしも鞍作が、あさこだったら、って。
…………。
…………。
…………。
萌える。
めちゃくちゃ、萌える。
フンガー!!鼻息。
それではじめて、気がついたのよ。
そうか、演出だけの問題じゃないんだ、って。
さえちゃんなんだ……。
「トップスター」は前提だから、さえちゃんに問題があるなんて真の意味では考えたことなかったよ……。
世間で言われるほどわたし、さえちゃんが下手くそだと思ってないしさ。技術云々とは別のところにあるのが「タカラヅカ」だから。「彩輝直である」という「才能」は、アリだと思っていたからな。(「彩輝直」の位置に誰の名前をあてはめてもOKだ。それがタカラヅカ)
ああ、そして。
ひょっとしてさえちゃん、ものすげー下手で作品壊してるんでわ? と思ったきっかけが。
だって、さえちゃんだと萌えないし、という、目眩がするほど腐女子な理由って、どうよソレ?!
ヲタク・センサーゆえかよ!
なさけなさすぎるよ!!
…………友人たちには知られていることだけど、わたしじつはべつに、あさこちゃん特別好きではないです。萌えジェンヌだと認めてはいるけど。好きか嫌いなら好きだけど、ファンじゃないです。オサアサは大好きだけど、あさちゃん個人だとふつーに好きなだけです。たぶん、この日記でもそれはわかると思う。ふつーに好きなだけで、あまり興味はないんだなって。
あさことさえこなら、さえこの方が好きです。つか、さえちゃんのことは、個別に好きだとあちこちで明言している。キャラ的に萌えるんだもん。いじりたいキャラなんだもん。
だからこそ。
鞍作がさえこでなく、あさこなら萌えた、という事実に、けっこーショックです。
めそめそ。
鞍作に情緒があるように見えなくて、ただ台詞を言っているだけのお人形さんに見えて、まったく感情移入できなくて、理解もできない。
だから、そんな人を相手に陰謀を巡らしている鎌足が不憫に思える。バカに思える。
見ながら、思ったんだ。
鎌足よ、鞍作なんてやめて、軽皇子にしとけよ。鞍作なんて愛しても抱いてもぜんぜんおもしろくないって。
ほら、軽皇子だって、きれいでお育ちがいいぞ。家柄のいい人にしか欲望持たないんだよね、鎌足。だったら軽皇子にしとけって。征服して悦に入るなら、そっちの方がたのしいって!!
軽皇子なんつー、脇に萌えを振らなければならないほど、鞍作がダメですか……。
そして、そんなふーに考えている自分を顧みてよーやく、さえちゃんがダメなんだってことに気づきますか……。
偏った感性だな、わたし……。とほほ。
まあなんにせよ、おもしろい芝居ではないです、『飛鳥夕映え』。
主役がお人形過ぎて。
せっかくお人形ならお人形としての特性を活かせる演出にすればいいものを……ぶつぶつ。ああやっぱり、それでもわたし、さえちゃんではなく演出の方に文句があるわ。
ま、わたしの感性とわたしの感想なんて、この巨大な歴史の歯車の前には無にも等しいので、多少まがっていも偏っていても的はずれでも、どうかみなさん、寛大にスルーしてやってください。
つーか……かしげ×あさこが見たいな、個人的に……しみじみ。と、つぶやいてみる。
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