某スクープが紙面を飾り、景気のいい売り上げを記録した日の夜。そのゴシップ新聞社の女編集長と新米新聞記者は、ふたりっきりで祝杯をあげていた。

「……そのときちょうど、デイジーさんが現れたわけです」
「なるほど。愛するニコラのそばに張り付いていてもいいだろうに、ビリーのことも心配で、思わず刑事たちのあとを追ってきたわけね」
「そういうことです。ビリーさんとデイジーさんには、深いなにかがあったんですよ」

 もともと酒に弱いのだろう新米記者は、スクープの一部始終を語るうちにずいぶん回っているようだった。語りがいつになく熱い。

「ほんとうに、デイジーさんが来てくれて、よかったですよ」
「そうね」

 一方、女編集長は酒に滅法強い。いくら飲んでも普段と大して変わらない。

「もしあのままデイジーさんが現れなかったら、僕、途方に暮れてました。だってビリーさんとふたりきりなんですよ。ビリーさんは、長年わだかまりを抱いていたお父さんと親子の名乗りをして、しかもビリーさんがお父さんの罪を告発するカタチになっていて……」
「複雑よねええ。しかもマイク・バインダー……ビリーの実の父親は、自殺しようとしてたんでしょう。父親が目の前で死のうとして、それをかろうじて止めて……そして、逮捕されて。さすがのビリー・ザ・フェイマスもこたえるわよねえ」
「僕が刑事さんたちと駆けつけたときには、ビリーさんは床に坐り込んでました。誰とも視線を合わさずに。マイク・バインダーが逮捕され、連行されたあともそのまま……。そんなビリーさんとふたりきりですよ? どうすればいいんですか」
「たしかに、途方に暮れるわね」
「なんて言えばいいか、わからないじゃないですか」
「そうよね。どんな言葉をかければいいのか、わからないわね」
「そうですよ。もしあのときデイジーさんが来てくれなかったら……とにかく僕はビリーさんを抱きしめていただろうし」
「…………抱きしめて?」
「だって、なに言っていいかわからないんですから。言葉がないなら、抱きしめるでしょう?」
「そ、そうかしら」
「抱きしめますよ! あのときのビリーさんは、そうでもしなきゃいけない感じだったんですってば。坐り込んだままのビリーさんを、こう、背中から包むように抱きしめて」
「…………」
「それでもし、ビリーさんが僕のこと抱きしめ返してきたら、どうします? いや、抱きしめ返さなくても、こう、身体をあずけてきたら」
「えーっと……」
「それでもって、涙なんか見せられちゃったら、どーしたらいいんですか、僕!」
「泣かないと思うけど……」
「泣かないにちがいない人が泣くから、問題なんですってば! あのときのビリーさんは、触れただけで壊れてしまいそうな、幼い少年のような、つかれきった大人のような、いたいけな瞳をしていたんですよ! 泣きますよ、抱きしめられたら!!」
「そ、そうなの……」
「そうですよ。で、泣かれちゃったら僕は、どうしたらいいんてすか。小さな子にするように髪を撫でて……頬を撫でて……それから、キスするしかないじゃないですか」
「する、しか、ないの? 選択肢は」
「ありませんよ! 傷ついたビリーさんは、それを求めているんです」
「断定なのね……」
「断定ですよ。あのときのビリーさんの瞳を見ればわかります。抱きしめて、キスをして。……それでも彼が泣きやまなかったら、さらに僕にすがりついてきたら、僕はどうすればいいんですか。やっぱりもっと深く抱いて、あの人の孤独や傷ついた心を癒してあげるしかないでしょう? でも、もっと深くって、どうすればいいんですか。僕はゲイじゃないし、したことないし、うまくできる自信ないし、でもかわいくおねだりされちゃったらやっぱ後には引けないし、コンクリートの上じゃ固いし痛いし、でも場所考えてる場合じゃないし、とにかくあのときの、傷ついたビリーさんはやたらめったら色っぽいし、僕の方が先にいっちゃったりしたら意味ないし、持久力に自信ないし、そもそも技巧にもぜんぜん自信ないんだけど、とにかく情熱だけはあるから挑戦するとして……それでビリーさんを満足させてあげられなかった場合は、どうなるんですか? 彼が満足するまでつづけるんですか? どう考えても、僕よりビリーさんの方がタフですよね。そこは僕が一念発起してがんばりまくって、なんとか彼を満足させちゃった場合は、どうなるんでしょう。やっぱ責任、取るしかないですよね。婚約指輪は給料3ヶ月分ですか?」

 ほとんどつぶれるようにテーブルに突っ伏して語る新米記者に、女編集長はようやく言った。

「よかったわね、デイジーが来てくれて」
「………………よかったんですよね。デイジーさんが来てくれて」


        

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