朝のミステリ。

 眠っているわたしの耳に、玄関ドアの開く音がした。
 どうやら、誰か家に入ってきたらしい。

 もちろんドアは施錠してある。
 合い鍵を持っているのは家族だけなので、たぶん家族の誰かだ。

 時計を見れば、ちょうど緑野家の朝のラッシュ時刻だった。
 ひきこもり人生をしているわたしとちがい、緑野家本宅の家族たちはみな職業がある。彼らは毎朝、熾烈なトイレ争奪戦を繰り広げる。

 どうやら、争奪戦に敗れた者が1名、わたしの家にトイレを借りに来たようだ。
 気配からして、母だろう。さっきまでわたしのベッドで寝ていた猫が、いそいそと階下へ降りていった。猫の鳴き声と、母の声が聞こえてくる。

 答えが推理できたので、わたしはまた夢の中へ戻った。ねむねむ。

 だが、それからほんの1時間ほどあと。
 再び、玄関ドアが開く音がした。

 何故だ?
 時間からいって、トイレは関係ない。
 ドアは開いたが、人が入ってきた気配はない。

 朝のミステリ。
 何故、わたしの家のドアは、2回開けられたのか?

 
 起床したわたしは、親の家に行って、聞いてみた。
 今朝、わたしの家に来なかった? しかも、2回。

「だってまた、出てこないんだもの」

 やはり、母がトイレ争奪戦に負けて、わたしの家のトイレを使いに来たらしい。
 また、というのは、彼女が敗北する相手がいつも決まっているためだ。
 そう、ウチの弟は、トイレが長い。ヤツに先に入られると、十数分占拠されてしまうのだ。

「そしたらねー、アンタの猫がやってきて、トイレのドアの前でしきりに鳴くのよー。仕方ないからドアを開けてやったら、中に入ってきて、ごろんとおなかを上にしてひっくり返るのよ。撫でろって言うのよー」

 はい、ウチの猫はそーゆー猫です。
 ひとがトイレ入ってたら、一緒に入ってきて、撫でろだのかまえだのとうるさいよ。洋式便器に坐っているわたしの膝や肩の上に乗ってきたりな。

「仕方ないから、手を伸ばして、撫でたわよ」

 猫は気持ちよさそーに撫でられていたらしい。
 トイレの床の上で。
 今まさに用を足している母の片手で。

「やりにくかったわ……」

 どっちが?
 いや、答えなくていい。

「それで、アタシがトイレから出て、家に帰ろうとしたら、猫がついてくるのよ。アタシと一緒に行きたいって言うの。でも、飼い主の許可なく連れて行ったらまずいわよねえ? アンタが起きてきて、猫がいなくなってたら、アンタ、びっくりするわよね?」

 ここで、謎は解けました。

 つまりママ、あなた、連れて行ったのね? わたしの猫を。わたしに無断で。

「だって、一緒に行きたいって猫が言うんだもの!」

 飼い主に無断で連れ出したらまずいってわかっていながら、それでも連れ出したのね?

「だって、猫が行きたがるんだもの!」

 この誘拐犯め(笑)。

「拉致して帰ったのはいいけど、猫ったらすぐにアンタの家に帰りたいって言い出すんだもの。仕方なく、またアンタんちに猫だけ返しに行ったのよ」

 それが、2回目のドアの音ね。ドアが開いた音はしたけど、人が入ってくる気配はなかった。

 まったく、朝からなにやってんのよ、猫に振り回されて。

「猫ってば、ちょっと目を離した隙に、ウチの玄関口でおしっこしたのよ。サンダルがひとつ、被害に遭ったわ」

 母は言う。

「トイレを借りに行って、代わりに猫のトイレにされて。さんざんだわ……でもま、猫がおしっこしたのは、弟のサンダルだから別にいいんだけど」

 弟にトイレを占領されたがゆえに、すべてが起こった。
 そして、災難は弟に収束し、朝のミステリは終結する。ちゃんちゃん。

        

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