もしもわたしの前に魔法使いが現れて、願いを叶えてくれるなら、

「音楽の才能が欲しい」

 と、言うだろう。

 人間の持つ機能の中で、わたしにもっとも欠けているのは「音楽の才能」だと思う。

 たしかにわたしは、本物の音痴ではない。
 今まで生きてきて、本物の音痴というべきふたりの人に出会っている。彼らと比べれば、わたしは音痴ではない。
 だけど、いっそ本物の音痴であれば、しあわせだったと思う。
 何故ならば、わたしが過去に出会った彼らは、「自分が音痴であることに気づいていない」のだから。
 音楽が聞き分けられない、というのは、持って生まれた身体機能だ。身体機能について言及するのは、ひととしてまちがっている。本人の努力とはべつのものだからだ。
 真の音痴には、みんななにも言わない。わたしの知っている彼らは、自分が音痴であることに気づいていなかった。本人も音を聞き分けることができないし、周囲の者も誰ひとりそれを指摘しないためだ。……言えないよ、とてもじゃないが。そんなの本人のせいじゃないし。

 だから、わたしの音痴はエセ音痴だ。
 自分で自分の出す音が調子はずれなのがある程度はわかる、その程度の音痴だ。努力で矯正が可能な程度の音痴だ。
 しかし。
 しかし、な。
 その努力ってのは半端なものじゃない。
 ふつーの人が1回聴いたら歌える歌でも、わたしは10回20回と聴いて、えんえん練習しなければ歌えない。
 日常生活で、誰がふつーの人の何十倍練習するよ、仕事でもないのに。
 浜崎あゆみの歌をふつーの人程度に歌いたい、とか、それだけのことでひとりひそかにカラオケBOXに通い詰め、練習するなんてごめんだよ。ふつーにCDをたのしんで聴いて、特別な努力もなく恥をかかない程度のレベルで歌いたいよ。

 ああ……音楽の才能が欲しかった。
 それを職業にしたいとは思わない。ただ、人並みに音楽を楽しむことができる、それだけの能力が欲しかった。
 努力しなきゃたのしめないなんて、努力しなきゃ恥をかくなんて、いやだ〜〜。

 それにさ。
 本物の音痴には、みんななにも言わないけど、わたし程度の音痴には言うもん、「音痴」って。
 足の不自由な人が速く走れなくても「鈍足」とは言わないけど(言ったらひどい)、健常なのに速く走れなかったら「あいつ、足遅い〜〜」って笑うじゃん。
 まあわたしは、体格良くてさも運動できます風なのに運動音痴でもあったんで、さんざんからかわれたりして生きてきたさ。
 それと同じで、「努力で矯正可能」な音痴だから、言われつづけてきたさ、「緑野さんって音痴だよね」と。
 あるいは、「英語の発音悪いよね」と。
 その昔、演劇部にいたときは苦労したさ、アクセントができなくてな。耳で聞いた通りの音が出せないんだよ。本人は必死なんだけどな。

 ふつーレベルの能力が欲しかった……。

 と、またしても思うのは、『サイレントヒル』をプレイしていて「ピアノ」のイベントがありそうなのを知ったとき。
 ピアノ? ピアノのイベントだと?
 またかい。またしても、音楽イベントかいっ。

 ゲームには、「音楽系」のイベントがちょくちょく存在する。
 お手本のリズムに従ってボタンを押したりなんかは、かわいい方だ。
 いちばんつらかったのは、『エコーナイト2』の楽譜を完成させるイベント。
 音楽を聴いて、楽譜を書くんだ。
 耳で音階を聴き分けるんだ。

 ねえ。
 ふつーの人って、音楽を聴くだけで、「あ、これはソだな。これはラの音」とか判断つくもんなの?
 はじめて耳で聴くだけの音楽を、楽譜に書き起こしたりできるもんなの?

 わたしにはできない。
 ぼーぜんとしたよ。
 楽譜の空欄を埋めなければならないと知ったとき。
 しかも、お手本の音楽はいくつも前の部屋でしか聴けなくて、お手本を聴いてから何分も経ったあとで、記憶を頼りに楽譜を書かなければならないなんて。

 どーしてもできなくて、そこだけ攻略本の答えを書き写したもん。
 わたしの能力では無理。

 『バイオハザード3』でもあったな。1階でオルゴールを聴いて、最上階で壊れたオルゴールの調律をするイベント。
 ただしこれは、実際に音を聴きながら、正しい音を探すことができた。耳で狂った音を聴き分ける程度のことはできるからまだ、なんとかなった。

 しかし、楽譜を書けって言われたらアウトだ。
 音もなしに、記憶の中の音楽を音符になんかできないよー。楽譜なんかわかんないよー。

 おびえましたとも、『静岡』のピアノイベント。
 実際には音が高いか低いかを当てるだけのイベントだったから、わたしでもできたけど。

 音楽の才能が欲しい……。

 

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