少年は飢えていた。
 自分がなにに飢えているのかは、わからない。
 だが少年は飢えていた。
 孤独だった。
 彼には父親も妹もいたけれど、名家に生まれ裕福に育ったけれど、それでも彼は孤独だった。
 そして、自分が何故孤独なのか、なにを求めているのかわからなかった。
 いや。
 ひょっとしたら彼は、なにも気づいていなかったのだ。
 自分が飢えていることにも。
 自分が孤独であることにも。

 そんな少年を、抱きしめる女がいた。

 その女は、孤独な女だった。心の飢えを日常とし、すべてをあきらめた女だった。

 孤独な女は、少年の孤独を見抜いた。
 少年の孤独ごと抱きしめた。
 孤独な女と孤独な少年は抱き合った。互いをむさぼった。
 それは、必要なことだった。
 それは、必然だった。

 彼らの不幸は、少年がまだ人生のはじめを生きる年若い存在であるのに対し、女が人生がなんたるかを知った成熟した存在であったことだ。
 少年はいつまでも少年のままではない。彼はすぐに大人になる。彼はすぐに男になる。
 女はおそれた。孤独な少年がひとりの男となり、かれらの蜜月が終わってしまうことを。

 恋ゆえに、女は狂う。

 変わっていく少年、過ぎていく時、指の隙間を滑り落ちる幸福な瞬間。

 狂うことでしか、時を止められない。
 少年を止められない。

 女は狂い、己れの左眼をえぐりとり、己れの顔をずたずたに切り裂く。
 そして少年の手で、屠られる。

 少年に殺されることで、女は永遠を手に入れる。
 少年は業を背負う。はじめて抱いた女を、狂わせた業。その手で殺した業。

 孤独を抱きしめてくれたたったひとりの存在であった女を、少年は自らの手で殺した。淵に沈めた。
 もう少年の心を癒すものはなにもない。

 少年は心を壊したまま、大人になる。男になる。
 少年を癒すものは、この世にはない。

 そして、大人になり男になった彼は、育ての親でもある舅をその手で殺し、妹を苦界へ売り飛ばす。妹の婚約者を陥れ、殺す。妻を毒殺し、利益だけを求めた再婚をしようとする。

 この世でもっとも醜い心を持つ彼は、それでもこの世でもっとも美しい姿をした人間だった。
 彼と出会う者たちは誰もが彼に惹かれ、彼を欲し、彼に溺れ、破滅する。
 その昔、少年だった彼に恋をし、左眼をくりぬいて狂い死にしたあの女のように。

 彼は、不幸だった。
 愛され、求められ、溺れられても、不幸だった。
 奪い、犯し、殺し、他人の生き血を吸うがごとく、傍若無人に生きながら。
 彼は、飢えていた。
 彼は、孤独だった。

 彼の魂は、誰にも救えない。

 ……救われることを、彼ものぞんでいない。

 彼の妻は、彼の手で殺された。
 妻は成仏などしない。
 妻は彼の再婚相手に取り憑き、その相手をも彼の手で殺させた。
 妻は彼を許さない。許す意味も必要もない。
 この世でもっとも醜い姿をした彼女は、この世でもっとも醜い心を持った彼に、恋をしていた。

 彼女は死してなお、彼の前に現れる。
 うらめしや。
 彼女の恋が、死ぬことはない。
 彼の魂が、救われることがないのと、同じに。

          ☆

 すみません、WHITEちゃん。
 わたしきれーにカンチガイしてました。
 『新版・四谷怪談−左眼の恋−』千秋楽。
 日付を見事にカンチガイしてたのよー。
 わたしのミスのせいで、WHITEちゃんもわたしも、最初の10分が観られませんでした。Be-Puちゃんにも迷惑をかけました。
 ごめんね。

 東京で初日を観、大阪で千秋楽を観る。
 オギーファンのわたしとしては、ハズせない大行事。
 痛くて痛くて、大好きな『左眼の恋』。もういちど観るのをたのしみにしてたのよー。

 なのになんだ、あの会場。
 HEP HALLってば、客席すべてフラットなの。そして舞台は、低い。
 ふつーの芝居ならいいよ。しかし『左眼の恋』は、寝転がり芝居だ。肝心なシーンのほとんどが板の上に寝転がったり坐り込んだ状態でつづく。
 舞台の高さは、観客の首くらいの位置だ。
 つまり、最前列の人しか舞台のすべてを観ることができない。

 ものすごいストレスだった。

 考えるべきだったね、会場選び。
 ふつーの芝居ならともかく、アレはまずいよ。肝心のシーンのほとんどを、大半の客は見ることができない。
 見えなくてもそりゃ、筋はわかるけどね。
「芝居はよかったよ。でも、いちいち水を差される。現実に引き戻される。前の人の頭で視界を遮られるから」
 と、Be-Puちゃん。
 床に寝転がられたら、役者の顔が見えないから、客はみんなそれぞれ頭を動かすわけだ。前が動くから、後ろまで順番に動かざるを得ない。そしてそのたび、感動は水を差され、作品世界から現実へ引き戻される。

 東京まで行ってよかった。
 わたしは心から思った。
 大阪でしか観てなかったら、感動がちがっただろうよ。

 個人的に、みえちゃんお岩は、大阪で観た方が好き。吸引力が増していた。

 ところで、客席のジェンヌ率の高さにおどろいた。10分の1ぐらいか、ジェンヌ率?(笑) 客席の10人にひとりはタカラジェンヌ、ってくらいの、ものすごい数。(それくらい会場は小さく、また客の数が少ない)
 休憩時間に扉の前で喋ってたら、目の前にうようよジェンヌさん。うひゃー、右京くんだよ、どーしよーうれしー。と、内心うかれていたわたし。
 ふと振り向くと、わたしの真横にきりやんがいた。び、びっくりした。……きりやん、きれー、でも小さい……わたしより、はるかに……。

「今日は緑野さんが小柄に見えた」
 と、Be-Puちゃん。
 宙組の巨大なジェンヌさんたちが、いっぱいいたからな(笑)。彼女たちに比べれば、わたしだって小柄な女(笑)。

 

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